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□また 明日
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『片倉くん』
『…おう』

声がした方に顔を向けると、予想通りの奴が立っていた。
走ってきたのか、少し息が切れている。

『別に急がなくてもよかったのに』
『そんな、片倉くん待たせたら悪いし』

気にしなくて良いのにって言ったら笑われた。

『じゃ、帰ろっか』

そう言ってたった今走ってきた彼女の右手を取る。

付き合っている…って言えるのかな、コレ。
先月告白されて、断る理由も無かったからいいよって言ったけど。
別に俺はこの子を好きでもなんでもない。

『安藤さんお腹空いてない?何か食べて帰る?』
『わたしは大丈夫、片倉くんは?』
『俺も別に空いてないかな。じゃあ、今日は真っ直ぐ帰ろうか』
『うん』

俺が通ってるのは定時制の高校だから年上が多い。
昼間は働いてる奴ばっかりで、まぁ俺もそうなんだけど、色んな人がいて見てる分には面白い。

安藤さんも年上で、二個離れてる。
二個の差なんてたいしたことないけど。
彼女の場合は見た目も中身も少し幼いから、精神的には俺と同い年くらいかもしれない。

どうでもいいか。

安藤さんとは家が反対方向だから、いつも駅までしか一緒に帰らない。
普通は家まで送るんだろうけど、彼女は必要ないと言う。
だから駅でバイバイ。

『電車、ちょうど来るみたいだね』
『うん、ありがとう』
『いえいえ』
『じゃあ、また明日ね』

安藤さんは、帰るとき必ずまた明日ねって言う。
明日会う予定が無くても、また明日ねって言う。

理由を聞いたら、また明日ねって言っておけば、もしかしたら予定はなくても明日も会えるかもしれないからって笑ってた。



その日もいつもと同じように、手を繋いで駅まで一緒に歩いていた。

家までは送れないから、俺はいつも安藤さんをホームまでは見送る。

ホームへ下りると安藤さんが

『片倉くん』
『んー?』
『別れよっか』

俺の手を離して立ち止まると、にっこり笑いながら言った。

『どしたの、急に』
『うん…片倉くん、わたしのこと別に好きじゃないでしょ?』

何も言えなかった。
否定も肯定も出来なかった。

『何か、悪いなって思って。付き合わせちゃうの』

安藤さんは笑いながら話す。

『…ごめん』
『何で謝るの?謝るのはわたしの方だよ』

安藤さんは、小さな声でごめんねって呟いた。
その声がなんだか泣きそうに聞こえて彼女の顔を見たけど、相変わらず笑ったままで。
なんだか酷く胸が痛んだ気がした。

『安藤さんは悪くないよ。俺がはっきりしてなかったのが悪いんだよ』

彼女は困った顔をすると、何か思いついたのか少し意地悪な表情になった。

『じゃあ、悪いと思うなら、最後にわたしのわがままを聞いてくれますか?』
『もちろん』

むしろ、それくらいしないと駄目な気がする。

『じゃあ…』

安藤さんはちょっと目を泳がせてから、しっかりと俺の目を見て言った。

『マドカって呼んで、また明日って言って』
『うん』

俺は安藤さんの、マドカさんの目を見て言う。

『おやすみマドカ。また、明日』

安藤さんは満足そうな顔をしてありがとって言って笑った。

『じゃあ、帰るね。』
『うん』

タイミングよく大きな音とともに電車が止まる。
安藤さんは乗り込むと、こっちを見て何か言った。

『───』
『え?』

声が小さすぎて聞こえない。
聞き返そうとしたらドアが閉まった。

『…』

黙って見ていると、安藤さんの口が大きく動いた。

   マ タ ア シ タ

『また、明日?』

俺が口に出して言うと、彼女は笑って頷いた。

同時に電車が動きだす。

すっかり誰もいなくなったホームに立ちながら、俺はぼんやり考えた。

彼女のことが好きだったかはわからないけど、また明日って言って笑うその笑顔は好きだったな、なんて。

今更そんなこと考えたって遅いのに。

誰もいなくなったホームで、俺はまた明日って小さく呟くとその場を後にした。





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