いつも通り自分の診察が終わった後にくるみの病室へ行こうとしたら、珍しく扉のプレートが〈面会中〉になっていた。
仕方ないからすぐ近くのベンチで座って待つことに。
…珍しいな、面会なんて。
俺と先生以外彼女に会いに来る人なんていないと勝手に決め付けていたから、何だか不思議な気分だった。
しばらく経ってから開いた病室の中からは、佐々木先生とあと二人、背の高いおじさんと痩せた美人のおばさんが出てきた。
おばさんの方は、泣いてるのか目にハンカチをあてがっていて、おじさんに肩を支えられている。
ふと、おじさんと目が合った。
どこかで見たことがあるような…ひょっとして彼女の。
『君はもしかして、遥くん?』
おじさんの声に、佐々木先生がこっちを見て、おばさんが目を上げた。
視線が俺に集中する…気まずい。
『遥は俺ですけど、あの』
『ああ、すまない…私は、私たちはくるみの両親です』
やっぱり。
『初めまして、こんにちは』
俺が頭を下げると、おじさんとおばさんも頭を下げた。
おじさんは佐々木先生と小声で話し始めたけど、おばさんはひたすら俺を見つめている。
目が赤いから、やっぱり泣いてたんだろう。
『遥くん…娘が、貴方のことを話していたわ』
鼻声で話すおばさんに、そうですかと相槌を打つ。
おじさんが佐々木先生にお辞儀をして、佐々木先生もお辞儀を返して、そのまま先生は足早に去って行った。
仕事でもあるんだろう。
『遥くん、娘と…くるみと仲良くしてくれてありがとう』
こちらを見たおじさんに急にお礼を言われて唖然としていると、おばさんまでありがとうと言い始めた。
しかもおばさんは、またハンカチを目にあてている。
何だ、この展開は。
『あの子は入院生活が長くてね、同い年の友達は少ないんだ。だから、君が仲良くしてくれて本当に喜んでいる』
『いや、俺…僕こそ、くるみ、さんとは仲良くさせていただけて、光栄です』
何だか変な日本語になってしまった。
こんなに改まられると本当に居心地が悪い。
『ありがとう…遥くん』
『はい』
『あの子を、よろしく頼むよ』
『…は?』
おじさんとおばさんは、それじゃあと言うと背を向けて歩いて行ってしまった。
おばさんは、相変わらずおじさんに支えられてたけど。
俺は首を傾げながら、本来の目的を思い出して病室のドアを開く。
『くるみ』
中は真っ暗で、けど彼女は寝てる訳じゃなくて、ベッドに起き上がってじっと窓の外を見つめていた。
『くるみ…さん?』
『遥は』
彼女はこちらを見ないで急に話しだした。
『遥は…いつ退院?』
『わかんないけど、あともうしばらくかかると思う…何で?』
俺の問い掛けには答えずに、彼女はそうかと言うとこっちを見た。
『お父さんとお母さんに会った?』
『ああ、そこで』
『何か、言われた?』
『別に、特には』
彼女はそっかと呟くと、今日はもう寝るから、また明日会いに来てと言いながらベッドに横になった。
『わかった、また明日な』
返事は来なかったけど、俺は病室のドアを閉めて一人ため息を吐く。
両親が面会に来て、母親が泣いて、娘があんな調子。
馬鹿でもわかるようなシチュエーション。
胸が騒ついた。
明日も会いに来て、彼女は笑ってくれるだろうか。
急に息が苦しくなる。
ああ、こんな所で発作が起きちゃまずい。
早く病室にもどらなくちゃ。
歩きながら俺は自分に言い聞かせる。
涙が出るのは息が苦しいから。
明日になれば何もかもいつも通り。
俺も元気でくるみも笑ってくれる。
大丈夫、大丈夫だ。
生まれ変わったらまた
笑い方の下手な
君でありますように。