title

□ふたつの欠陥品
2ページ/2ページ





いつ出会ったのか、とかいつから仲が良かったのか、とかそんなことは覚えてない。

ただ気が付いたら出会っていて、気が付いたら仲良くなっていたのだ。



『風見』

人の名前を呼ぶときの、ぼんやりした声が好きだった。
まるで、この人の名前はこれであっていたかどうか、と自分に問い掛けるような自信の無い声。

『なに?』

だからあたしは、いつも自信たっぷりに返事をする。
彼に、確かに名前はあっていますよ、あなたは間違っていませんよと伝えるために。

『靴ひも、ほどけてる』
『あ、』

他愛ない会話が好きだった。
ただの日常会話、世間話。
彼からしたら何でもない話でも、あたしにとってはどれもこれも忘れられない大事な記憶。

『靴ひもの色、ピンクだったんだ』

彼の言葉に、結びなおす手を止めて顔を上げる。

彼の視線は靴ひもに釘付けだった。

『うん。光は変えないの?』

光、ひかる、ヒカル。
愛しい愛しい、あなたの名前。

『別に、白で良いし』

もう、何度呼んだだろう。

『そっか』

再び俯いて靴ひもを結びなおす。
少しでも長く、彼の意識をあたしに向けられるようにゆっくりと。

『でも、ピンクも可愛い』
『うん』

“可愛い”なんて言葉に喜んじゃ駄目。
彼は、その言葉に何の意味も込めなかった。
ただのお世辞。

自分に言い聞かせるように、あたしは心の中で呟いた。

期待なんて、しちゃ駄目。

結び終わって立ち上がると、彼は窓から外を見ていた。

髪も肌も目も色素が薄いから、太陽に当たってきらきらと眩しい。

『光、ひかってるよ』
『風見、つまんない』
『駄洒落じゃないし』

ああ、と言って少し笑った彼は、太陽のひかりに眩しそうに目を細めた。

その視線はあたしを捕らえない。

ぼんやりそれを見ながら、チクリと胸の痛みを感じた。

ここに在るのは、ふたつの欠陥品。

『外、何か面白いものある?』

愛する、という感情を忘れた少年。

『特に無いな』

そんな少年を、盲目的に愛した少女。

『じゃあ何で見てんのさ』

ギリギリと締め付けられる胸。
彼の傍にいると、息をするのさえ苦しくなる。

『現実から目を背けるため?』

まるで、肌を火で焼かれているかのように、全身が熱くなる。

『何で疑問形?』

窓から目を離した彼は、ちらりとあたしを見ると、再び視線を外へ向けた。

『“生きる”辛さから目を背けるため、の方が正しいか』

ポツリと呟かれた彼の言葉に、あたしは沈黙する。



ねぇ、愛の無い世界は、どんな色をしているの?
目を背けたくなる程、味気ない色をしているの?

あたしの世界は、あなたへの想いだけで全てが塗り潰されてしまいそうなくらい、あなたで染まっているよ。




前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ