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□きれいなエンディングなどどこにも無いのにね
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あたしは、自分がとてつもなく汚い人間だということを知っている。
彼に好意を抱く女の子はみんな、告白する女の子はみんな、さっさとフられてしまえば良いと思っていたから。
たぶんそれは、彼への想いだけからくるものじゃなくて、あたしは彼に好きだと言えないのに、フられるとわかっていても、それでも気持ちを伝えられる子たちが、羨ましかったからっていうのもある。
弱くて意気地なしなあたし。
『カザミショウコ』
光の声に目を上げると、あたしの手元の名簿を覗き込む彼がいた。
『どうしたの?』
保健委員のあたしは、毎朝健康調査をする義務がある。これは、その名簿。
彼はあたしの前の席に、あたしと向かい合うようにして座るともう一度カザミショウコと呟いた。
『あたしが、何?』
『下の名前、ショウコっていうんだ』
あたしは名簿に目を落とす。
出席番号25番、風見翔子。
『そうだよ』
『何か、飛べそうな名前』
視線をスライドすれば、愛しい彼の名前。
出席番号12番、福島光。
『光の名前は平凡だね』
あたしの呟きに、彼はいつもの乾いた笑い声を上げると立ち上がった。
『俺の代わりに、風見が飛んでよ』
言葉の意味がわからなくてポカンとしていると、彼はまた乾いた笑い声を上げる。
その会話の三日後だった。
珍しく遅刻してきた彼が刺されたと知ったのは。
酔った父親に、包丁で刺されたらしい。
もし彼が左手で防いでなければ、包丁は心臓まで達したそうだ。
彼から直接その話を聞いたあたしは、表情を取り繕うことも出来ずに、ただ茫然と立ち尽くした。
『…なんで、刺されたの?』
窓側にある彼の席は、日当たりが良くて心地いい。
本来ならば。
元々色素の薄い彼は、日のひかりに当たるときらきらと輝いて眩しい。
あたしの問い掛けに、彼は窓の外に視線を向けたまま答えなかった。
あたしは、重ねて問う。
『傷、深いんでしょ?学校来て大丈夫なの?』
彼が学校に来なければ、余計心配になるくせに。
思ったことを言えないあたしは、弱くてずるい。
彼は、まだ窓の外を見ている。
『ひかる、』
『…飛べない鳥はさ、鳥じゃないんだよ』
あたしの声にかぶせるように、彼はぽつりと呟いた。
その言葉に、血の気がひく。
大丈夫?
心配だったよ。
どうしていつも、こんなに簡単な言葉が言えないんだろう。
今の関係を維持することに固執しているあたしは、汚い。
彼の呟きに答えられないで、無表情な瞳を見つめていると、乾いた笑い声が聞こえた。
その声に、体が、骨が、心が、悲鳴を上げる。
ああ、あたしはこんなにもあなたが好きなのに。
『人間は、みんな飛べない』
擦れた声で言えば、無表情な瞳がこちらを向いた。
『飛べないのは光だけじゃない』
あたしの言葉に、彼は一瞬ひどく泣きそうな顔をして、それからまた乾いた笑い声を上げた。
その痛みと哀しみを取り除いてあげられたら、あたしたちはどれだけ救われただろう。