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□愛憎紙一重
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日曜の夜、部屋にタバコの匂いがつくのが嫌だからと言い訳をして公園までやって来た。

ポケットから携帯を取り出して、慣れた手つきで番号を呼び出す。
俺が世界一好きな女の番号。

2回目のコールでつながった先からは、

「もしもしまきちゃ」
『今すぐ切れこの暇人わたしはオマエと違って忙しいんだ』

流れるような声が聞こえてきた。

「嫌だなぁまきちゃん。切ったってまたかけるってわかってんでしょ」

少し笑いながらそう言うと、重いため息が耳に響いく。

『まったく、タチが悪い』
「ありがとう、ねぇ聞いて。俺、ビッグニュースがあるんだ」

ウキウキしながらそう言えば、まきちゃんはどうでも良さそうに短く何、とだけ尋ねてきた。

「え、知りたい?しょーがないなぁ」
『いや知りたくない切るぞ』
「いや聞いてよあのね、」
『じゃあな』
「俺、結婚するんだ!」

叫んでから耳を澄ます。
通話終了のツーツーっていう音はしない。

沈黙。

3秒まで数えてから、名前を呼んでみた。

「まきちゃん?」
『結婚か。良かったじゃないか』

聞こえてきたのは、普段と何も変わらない声。
いつもと変わらない、迷惑だという思いを秘めた声。

やっぱりか、と思いつつ、少し残念に思いつつ、言葉をつむぐ。

「ヤキモチとか妬いてくんねーの?」
『誰がオマエなんかに。むしろオマエと結婚しようと思った女性をとても哀れに思う』

俺と結婚しようと思った女。

部屋に置いてきたあの女は、俺のことを3年前から好きだと言っていた。

3年前。
まきちゃんと別れた年だ。

「世の中には物好きも居るんだね」

俺が笑いながらそう言うと、まきちゃんは笑い事じゃないだろう、と、珍しく真面目な声を出した。

「笑い事だよ、こんなの」
『オマエはバカか。結婚だぞ?自分だけの問題じゃない。相手の人生もかかってるんだからもう少し真面目になれ』
「俺が」

まきちゃんの言葉が終わるのを待ってから、一言一言、ゆっくり言い聞かせるようにして発音する。

「俺が、まきちゃん以外の女を、好きになったと思うの?」
『思わない』

速答。
しかも、自惚れじゃない。
これでこそ俺の好きなまきちゃんだ。
思わず口角が上がる。

「気付いてるならさ、笑い事だってわかるでしょ」

まきちゃんはまた重いため息を吐いて言った。

『そりゃあな、別れてからも毎日電話かかってきたら嫌でも気付くだろう。無視しても鳴り続けるし、でてすぐに切ったらかけ直してくるし、仕事に差し支えるからヤメロと言っているのに』
「そんだけまきちゃんが好きだってことだよ」
『オマエはバカか。ただの陰湿な男だろう』

そう言った後、時計を見たのかまきちゃんは一瞬の間の後に短くもう切るぞ、と呟いた。

「幸せになってねぐらい言ってよ。一度は愛し合った仲じゃんまぁ俺は今も愛してるけど」

俺の言葉にまきちゃんは、本日3回目の重いため息を吐いた。

『結婚するんだろ?もうかけてくるなよ』

そう言って切れた通話。
携帯のディスプレイを確認する。
通話時間はとほんの少し。
こんな通話時間でさえ金を取られるのかと思うとうんざりする。

彼女が最後に「お幸せに」って言わなかったことを、実は結婚を祝福してないんじゃないかと解釈する俺はイカレてるだろうか。

電話帳を開いてまきちゃんの番号を見つめる。
言いようのない気持ちが込み上げてきて、無意識の内に彼女の名前を呼んでいた。

聞こえるはずねーのに。

「まきちゃん」

呟いた声はもちろん届くはずもなく、静かに夜の中へと消えていく。

その闇の中、頭の上を、名前も知らない蝶々がひらひらと通り過ぎて行った。




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