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□ぼくらのせかい
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駅から家までの帰り道、寒くなってきたから明日からコートかななんて思いながら、パーカーのポケットに手を突っ込む。
カバンの中で携帯が鳴っているけど、冷たい空気に手が触れるのが嫌で無視することにした。
アタシは携帯なんて知りませーん。
やっと見えてきたアパート。階段を登りながら部屋の鍵をカバンから取り出す。
と、再び携帯が鳴りだした。
誰だよ、しつこいな。
ついでだし、と思いながら取り出して携帯を開く。同時に階段を登り終わって、視線を自分の部屋のドアに向けた。
「…マコト?」
ディスプレイに表示されている名前と、アタシの部屋の前にたたずむ人は、同じ名前だった。
「電話出ないから、忙しいのかと思ってた」
アタシの声に振り返った彼は、そう言って笑いながら携帯を閉じた。
あの頃と変わらない笑顔に、胸が苦しくなる。
外は寒いから、そう言って部屋へ上げる。
まぁちゃんは少しだけ居心地が悪そうに、部屋の中変わってないね、と呟いた。
「どうしたの、急に」
暑いお茶を入れて、彼の向かいに座りながら、突然の訪問の理由を聞く。
あの日から、もう半年は経つ。
「んー、ごめん。途中で気付いて電話したんだけど菜々出ないし、着いてインターホン押したけど居ないし、もう一回電話して出なかったら帰ろうと思ったんだけどそしたら現われるし」
何でこう裏目に出んのかな。
そう笑った彼の顔は、やはりあの頃と変わらない。
また胸が苦しくなる。
見ていられなくて視線を手元のお茶に注ぎ、小さく呟いた。
「まぁちゃん、変わらないね」
「そう?菜々は変わった」
「本当?」
「可愛くなった」
どきっとして、思わず視線を上げる。真剣な表情のまぁちゃんと目が合った。
「あのさ、俺、ずっと考えてて。このままじゃ駄目だと思ってて。でも、勇気が出なくて、今日まで来れなかった」
「何の…話?」
擦れた声が出た。
こんな顔の彼は見たことがない。今まで彼を思い出さない日は無かったけど、記憶の中のまぁちゃんはもっとふにゃふにゃした顔をしていた。
「今日だって、何回もやめよう、引き返そうって思った。でも、どうしても会いたくて」
黙って彼の次の言葉を促す。
部屋の中には、時計が一秒一秒と時を刻む音だけが響く。
「俺、菜々が居ないと駄目なんだ」
息が止まる気がした。
時計の針の音が、やけに遠く聞こえる。
「俺、まだ、菜々のことが好きだ」
視界が滲む。
泣いちゃ駄目だ、と思ったけど、涙は止まらなくて、まぁちゃんが真面目な顔から急に困った顔になった。
「ちょ、なんで泣くの」
「だっ、て」
しゃくりあげながら、必死に言葉をつむぐ。
「アタシも、まだ、マコトのこと好き、だから」
だから、
まぁちゃんが頭を下げて、はっきりと言う。
「もう一回、俺とお付き合いお願いします」
涙が止まらなかった。嬉しくて苦しくて、でも幸せで、こんな日がくれば良いと、もう一度彼と笑いあえる日がくれば良いと、どんなに願ったか。
「菜々、泣きすぎだし」
顔を上げたまぁちゃんは、畏まった態度が恥ずかしかったのか、少し照れながら笑う。
その笑顔が、たまらなく愛しくて、アタシも笑う。
「こちらこそ、改めてよろしくお願いします」
ねえ、アタシたちの世界にはお互いが必要なんだよ。
他の誰でもない。アタシとアナタじゃなきゃ。
好き、あの日お互いが言えなかった言葉を、今度は呆れるくらい伝えるから。
だから、ねえ、お願い。
今日も明日も明後日も、どうかアタシの隣で笑っていてください。