mini

□なりそこない彦星
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「香山さんと斉木くん、付き合ってるらしいよ」

放課後の教室。冬が近いからか、外は既に薄暗い。教室内には僕たちだけだ。
目の前の女の言葉にそう、とだけ短く相づちをうって、手元の作業を続ける。
日直とか日誌とかめんどうなんだよクソクラエ。
さっさと終わらせて帰りたいのに、目の前の女はそれを知ってか知らずか作業を中断させるような言動ばかりする。

「興味なさそうだね」

ちゃんと話聞いてんの、そう続けた目の前の女に顔を上げないまま聞いてるよと返事をした。
こっちは早く帰りたいの。お前の暇潰しにつきあう気はないの。
思ったことは言わない。だって僕は腹黒い人間だけど外見は紳士なフリをしてるから。

「ねえってば」
「あ、」

そんなことを思っていると、手元の日誌が女に取り上げられた。
黒いボールペンが長い線をつける。

「あー、汚した」
「…木村さんが引っ張るからでしょ」

危うく出かけた舌打ちと、テメェ、という単語を飲み込む。僕は紳士なんだから。

「だってかまってくれないから」
「日誌書かなくちゃいけないんだから仕方ないでしょ」

返して、そう言った僕を見て、木村さんはつまらなそうな顔をする。
取り返して、ボールペンの線は無視して、続きを書く。

「はい、あとは木村さんが書いて」

日直からひとこと、というスペース。僕はこの欄がとても嫌いだ。
半ば押しつけるようにしてわたすと、木村さんはくすりと笑った。

「中島さぁ、この欄絶対自分じゃ書かないよね」
「そうだっけ」

そうだよお、頭の悪そうな声。イライラする。僕は早く帰りたいのに。

「だってあたし、中島が書いた日誌は全部見てるもん」
「は?」

呆れて一瞬素が出てしまった。
いじわるそうに目を細めた木村さんは、さっきと同じ台詞を、今度は質問口調にして僕に問い掛ける。

「香山さんと斉木くん、付き合ってるらしいよ。知ってる?」

ねぇ、知ってるの?

急に嫌な感じがした。
早く帰りたい。
僕は椅子から立ち上がると、後は木村さんの仕事だからそれ書き終わったら先生に提出して。まくしたてるように言って教室から飛び出した。

ほとんど小走りになりながら、急いで廊下を歩く。

知ってるか、だって?知ってるに決まってるじゃないか。
あの女は知っていたんだろうか。僕が香山さんのことを。

まさか。

背後から、どこかの教室の扉が開く音が聞こえた気がする。
僕は靴箱へ向かって走りだした。





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