mini

□別れようなんてありきたりな台詞は聞きたくない
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手紙の出だしはやっぱり『拝啓』かなと思って真っ白い便箋に青いインクのボールペンで書き出してみたけど、そもそも宛名は此処だし書くべきことも無かったってことを思い出してやめた。
昨年から付け始めた日記も、やっぱり書くべきことが無くて半年くらい前からずっと日付は進んでいない。

何もかも中途半端なまま、ぼんやりとパソコンの画面を見つめているとチカリ、と視界の隅で何かが瞬いて、遅れて振動音がした。
首をめぐらせると、ベッドの上に開きっぱなしの携帯がメールの着信を知らせようとチカチカ瞬いている。

緩慢な動作で携帯を拾い上げ、新着メールを開けば送信元は君だった。
件名は無題。本文は起きてる、のたった4文字。クエスチョンマークも絵文字もない、たった4文字。

これじゃあ問い掛けなのか自己主張なのかわからないじゃないか!なんて笑い出しそうになったけど、すぐに馬鹿馬鹿しくなって携帯を放り投げた。
枕の上に着地。そのまま僕の代わりに朝まで眠ってて頂戴。

再びパソコンの前に座ってぼんやりとディスプレイを見つめる。
ふと思いついて最小化してあったファイルをクリックすると、途中で飽きてしまったソリティアが表示された。

ううん、僕って何かを途中で放棄することの天才なのかも。

携帯が震える低い音がした。
枕の上で震えるそれは、十秒を過ぎても切れる気配はない。
たぶん、おそらく、いや、間違いなく君からだろうけど、僕は出る気なんてないからね。
そのまま鳴らし続けると良いよ。気の済むまで。

そういえば、部屋の電気は昨年から消したままだ。カーテンも開いてない。
思い出すと急に暗く感じるものだ。忘れてると気にならないのに。

携帯は鳴りやんだけど、今度は部屋のドアをノックする音が響く。

コンコン、

返事はしないよ。だってわかってるでしょ。僕が此処に居るってことぐらい。だからノックするんでしょ。
君の作戦はわかってる。僕が音を上げて返事をするのを待ってるんでしょ。

コンコンコンコン、

ぼんやりとディスプレイを見つめる。
ハートのキングが僕を見て笑った気がした。

ノックの音がやんだ。
今度は携帯が震える。本日3回目。
短い振動だったから、たぶんメールだろう。
なおもディスプレイを見つめる。

マウスでクローバーの6をダイヤの7の下に移動した。
クローバーの6の下からはスペードのエースが。

わお、切り札。

ソリティアの上に、メール受信を知らせる画面が出た。
カーソルを合わせて、かちり。開けばやっぱり送信元は君。

件名は無題、本文は、

「其処に居るんでしょう。お願い。黙ってちゃわからないの、話をしましょう」

ドアの向こうから少しくぐもった声が聞こえた。
カーソルをバツ印に合わせてメールを閉じる。

下から現れたソリティアの画面にはスペードのエース。切り札。

僕はちょっと考えた後、ドアに向かって声をかけた。

「オーケイ。少し話をしよう」

大丈夫、切り札はこっちにある。










精神を病んだ彼氏と可哀想な彼女のお話





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