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□雀のこと
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良心の呵責に耐え切れず告白します。
雀を殺したのは僕です。



初めて雀と会ったのは、綺麗な冬晴れの12月だった。
その日、普段は滅多にそんなことにならないんだけど、珍しく荒れていた僕は前後不覚になるくらい酒を飲んで喉を潰すくらいタバコを吸って、駅前のコンビニの正面にある公園の遊具にあたり散らしていた。

動物をあしらった遊具には、どれもこれも幸福そうな笑顔が貼りついていて、不愉快で仕方なかったのだ。

誰もが見て見ぬフリをする中、雀だけは違った。

『どうしてソイツらが笑ってるか、知りたい?』

友好的な笑みを浮かべた雀に、僕はとりあえず思い付く限りの罵声を浴びせた記憶がある。
記憶がある。なんて曖昧な言い方をしたのは、酒をしこたま飲んでいたからとそのすぐ後雀に思い切り殴られて気を失ったからだ。

最悪な出会いだった。



雀は、変な奴だった。
いつもリュックを背負っていて、音楽を聴く訳でもないのに首にヘッドホンを引っ掛けている。
一度、ヘッドホンをかしてくれと頼んだけれど、あっさり断られたことがある。

『何でかしてくんないの』
『使ってるから』
『何か聴いてんの』
『何も聴いてないよ』

雀はいつも友好的な笑みを浮かべていた。
親切で善良な市民である雀は、道を訊かれたら丁寧に案内してポイ捨てされたゴミは拾ってゴミ箱まで運びタバコも酒もほどほどで止める。



どうして雀と呼ばれていたのかは、知らない。
働いていたのかも学生だったのかも、誕生日も血液型も知らない。
僕らの関係において、そんなことは重要ではなかったのだ。
ただ、僕は奴を雀と呼び奴は僕をコマチくんと呼んだ。

『何でコマチなの』
『小野小町に似てるから』
『見たことあんの』
『コマチくんは質問が多いね』

コマチくんは質問が多いね。これは雀の口癖だった。
僕が雀に何か訊ねると、答えの6割はこれだった。



『もうすぐ死ぬよ』

雀はよく予言をした。
それは明日の天気であったり目の前の女子高生の下着の柄であったりプロ野球の試合の結果であったり、様々だ。
それは大抵当たったけれど、もちろん外れることもあった。

『誰が死ぬの』

雀が人の生死について予言したのは、後にも先にもそれが最後だった。

『コマチくんは質問が多いね』

雀はいつもの友好的な笑みを顔に貼りつけたまま、いつもと同じようにそう言った。



雀が死んだのはゴールデンウィークの初日、僕が5月病になった次の日だった。

知らない番号からかかってきた電話で、雀の親類だという人が、顔を見にきてやって欲しいと告げた。

僕は、雀のことを何も知らなかったことを後悔すると同時に、知らなくてよかったと安堵する。

雀の携帯には、僕の携帯の番号しか登録されていなかった。
それがどういうことなのか分からないけど、何か重要な意味がある訳ではないと思う。
とにかく、雀の予言は当たったのだ。



月曜日の朝、雀の葬儀はしとやかに執り行われた。
寒い5月の日で、細く冷たい雨が降り注いでいた。
僕はと言うと、この葬儀が何かの悪い冗談にしか思えなくて、雀の親類に浮き足だったお悔やみを言っただけで、柩に入った雀の顔をろくに見もせず帰ったことをよく覚えている。



最後に生きた雀に会ったのがいつだったか思い出せない。
僕の中で、雀の存在は昨日枯れた観葉植物のように曖昧な位置にある。

雀について少し考えてみた。
親切で善良な市民である雀は、道を訊かれたら丁寧に案内してポイ捨てされたゴミは拾ってゴミ箱まで運びタバコも酒もほどほどで止める。
いつも友好的な笑みを浮かべ、僕のことをコマチと呼び、リュックを背負い聴きもしないのにヘッドホンを首に引っ掛けている。
口癖は、コマチくんは質問が多いね。

ふと思い出した。
僕が雀に殴られたあの日、雀が口にした言葉。

『どうしてソイツらが笑ってるか、知りたい?』

僕はまだ、その理由を聞いていない。

雀は死んだ。
なぜあの日、雀は僕にあんな予言をしたのだろう。
雀は死んだ。
僕の問い掛けに答えた雀は、いつもと何も変わらなかった。
雀は、死んだ。

なぜ、雀は死んだのだろう。



雀の死因が自殺だろうと他殺だろうと関係ない。
奴を殺したのは僕なのではないだろうか。

雀はなぜ死んだのか。
公園の遊具はなぜいつも幸福そうに笑っているのか。

これはきっと永遠に解けない命題だ。
逆の裏は何か。
逆の裏は真か、偽か。

コマチくんは質問が多いね。
どこかで、雀の声がした気がする。



良心の呵責に耐え切れず告白します。
雀を殺したのは僕です。





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