mini
□シガレット
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引っ越し先で荷物を整理していたら、どういう訳が未開封のタバコがごっそり、カートンで4つ、出てきた。
銘柄を見て、頭の奥がパチンと鳴るのを感じる。
これは、君が吸っていたタバコだ。
しみじみと眺めてみて思うのは、よくこの銘柄のタバコを吸っていたよなということ。初めて君がタバコを吸っているのを見た時も、同じことを思ったのを覚えている。
―それ、おいしいの?
―びっくりするくらいマズいよ
マズいと笑いながら、それでも煙を吸い込むことをやめなかった君の鮮やかな爪の色もまだ、はっきりと思い出すことが出来る。
いつからか君は僕の部屋によく来るようになって、入り浸るようになって、住み着くようになって、いつの間にかどこかへ出かけたきり帰って来なくなった。
猫のような女だと、今も昔も変わらず思う。
猫のような女だったから今も変わらず、君は可愛いやつだったなと思う。
恋情も愛情もなかった。
ただ、情はあった。
それが友情なのか、それともお情けなのか、お互いよくわかってなかったと思うけれど、確かに情はあったのだ。
僕と君の間に。
―禁煙しないの?
―しない
タバコは体に悪いんだよとからかった僕に、好きなものを我慢する方が体に悪いと真面目に切り返した君は、とても格好良い生き方をしていた。
―駄目人間?上等じゃない。好きなもの好きだって言って、何が悪いの?
煙と共に吐き出されたその言葉は、空気に溶け切らないで、僕の心をじわじわと蝕んでいた。今も。
僕は君みたいに強くない。
君が僕の部屋から消えてしまってからも、そこら中に君の気配が残っていた。
本物の猫みたいだと、ひとりで笑った記憶もある。
強く生きるには、どうすれば良いのだろう。
君が置いていったタバコ。
僕はもうあのアパートには居ない。
少しの間、同じ空気を吸って同じ屋根の下で眠って同じメニューの料理を食べた、あの小さな陽当たりの良いアパート。
もし君が、このタバコが恋しくなって戻ったとしても、そこに僕は居ない。
けれど、ひとりきりで呆然とする君。そんな姿はちっとも想像出来ない。
置いていったものは、要らないもの。
好きなものを我慢するのは、体に悪いこと。
君が置いていった、君の好きなタバコ。
ビニールを破いて、箱から1本、タバコを引き抜いてくわえてみる。
タバコなんて初めてだから、とてもぎこちない動作で。
あちこち漁って見付けたマッチで火を点けてみたけれど、ビニールに包まれていたにも関わらずしけっていたそれは、じりじりと先端を焦がしただけで、何の味もしなかった。