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□『にがい』
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『マヤは何でタバコ吸うの?』
ファミリーレストランの喫煙席、窓側。
外は雨だ。
灰皿を引き寄せながらそんなことを考えていると、向かいに座った雅実が呟いた。
『え、今更な質問』
雅実とは付き合って半年になる。
見た目は軽いのに、中身はびっくりするくらい真面目な男だった。
大学に入る前に一浪してると言っていたから、あたしの1つ年上か。
『ん、聞いたことなかったと思って』
メニューを開きながら言う彼は、本当にただ気になったから、という雰囲気を持っている。
付き合う前、彼に告白されたとき、あたしは喫煙者であることを言った。
雅実はそんなの大した問題じゃないでしょ、と笑っていた。
今どき喫煙する女を嫌がらない男なんて珍しいと思ったからオーケイを出したのだけど、見込み違いだったのだろうか。
『タバコ吸う女は嫌なの?』
『マヤは可愛いから何しても良いよ。でも、タバコ吸うと味覚おかしくなるって聞いたから、ちょっと心配になっただけ』
雅実は唐揚げ食べたくない?とメニューを指差しながら、ぼんやりと笑った。
『味覚ね…どうなんだろ。おかしいのかな』
今日は和風おろしハンバーグを食べようと決めて、カバンからシガレットケースを取り出す。
彼も注文が決まったのか、ボタンを押して運ばれてきた水に口をつけた。
『まあそれは良いや。何でタバコ吸ってるの?』
『考えたことなかった』
あくまで答えが得られるまで聞くつもりらしい。
あたしの曖昧な返事を気にも止めず、彼は同じ質問をした。
『あえて言うなら、箱が可愛かったから』
『あ、女の子らしい理由だね』
『あたしのこと何だと思ってたの』
『マヤは可愛いもの好きじゃないんだと思ってた。どっちかと言うと、格好良いものが好きそう』
真っ先に運ばれてきた唐揚げにレモンをしぼった雅実は、それを箸でひとつつかむと、あたしに向かってニッコリ微笑んだ。
『はい、あーん』
『やだよ恥ずかしい』
『えー…』
つまらなさそうに自分の口へ唐揚げを運ぶ彼を見て、タバコに火を点けるのを忘れていたことを思い出す。
あたしがタバコを吸う理由。
唐揚げに夢中になっている雅実をぼんやり見つめながら、昔好きだった男のことを思い出す。
アイツもきっと、今目の前に座っている男のように、女がタバコを吸うのを嫌がらないだろう。
けれど別に、アイツが理由なわけじゃない。
罪悪感が欲しかったのだ。喫煙者に厳しい世の中、更にタバコを吸う女に世間の風当たりは冷たい。
“悪いこと”をしてる。無意識下にあるそんな感情が、心地好かったから。
自分があらゆることで否定される時、それを理由に出来たから。
『マヤ、唐揚げ食べないの?』
目の前にいる男は気にしないと言った。
あたしが“悪いこと”をしてるのに、気にしないのだと。
『食べる。けどレモン嫌いだからかかってないのちょうだい』
これじゃあ、あたしがタバコを吸う理由がなくなってしまう。
『はいはい。じゃあコレね、あーんってして』
いい加減にしろよと軽く笑いとばして、自分でそれを口に運ぶ。
からりと揚がっているそれは、とてもおいしかった。
『唐揚げ、おいしいよね』
笑う雅実を見て、あたしは密かに禁煙しようと決意した。
『うん、にがくておいしかった』
きょとんとした彼を見て、コイツ本当にあたしより年上なのかと訝しく思う。
まあ、そんなとこも嫌いじゃないんだけど。
『にがいならレモンかけてみたら?』
『いや意味わからんし。だからレモン嫌いなんだってば』