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□コイン・トス
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『子供っぽくないかなぁ』
『そんなことない、似合うよ』
暖かいお店の中で、今年のコートを買おうと、色々試着してみる。
彼が私に勧めたのは、女の子らしい丈の可愛らしいキャメルブラウンのコートだった。
『本当に?子供っぽくない?』
『全然。超似合う』
本当かなぁ、呟きながら、鏡の中の自分を睨み付ける。
『ゆきちゃんは髪の色が黒いから、そういうのが似合う。身長もそんなに高くないから、そのくらいの丈が可愛い』
『さりげなく酷いこと言ったよね、今』
そう?
とぼけて笑う彼の目は、とても優しい。
『じゃ、コレにする』
買ってくるから待っていてと告げて、私はコートを脱いでレジへ行く。
途中振り返った時に見た彼は、ぼーっとした表情でどこかよくわからないところを見ていた。
『お待たせ』
『うん』
2人でお店から外へ出ると、冷たい風が吹き付けてきた。
思わず首をすくめた私に、彼は買ったコートを着ちゃえばと提案した。
『…ん、今日は着ない』
『そう』
さりげなく伸びてきた彼の左手に、気付かないフリをして私はジャケットのポケットに手を突っ込んだ。
それから無邪気そのものという笑顔で、彼を見上げる。
『ご飯、食べに行こ』
彼の顔が一瞬泣きそうに歪んで、それからまたいつもの穏やかな笑顔に戻って、そうだね、と返事が降ってくる。
お互い、気付いているはずだ。
こんなに好きでこんなに一緒にいるのに、何かがずれていて、それが積み重なりすぎて、もう修復不可能なくらいまで軋んでしまっていることに。
こんなに愛してるのに、愛してる、愛しているのに、ね。
『何食べたい?』
『あったかいもの』
『じゃあ、ハンバーグ食いに行こう』
『ん』
『そのコート、いつ着たとこ見せてくれんの?』
『今度、もっと寒くなったら』
そう、もっともっと寒くなったら。
体じゃなくて、こころが。
私がこのコートを着るのは、アナタにサヨナラを言う時。
アナタが可愛いと言ってくれた私を、ずっとずっと覚えていてほしいから。
これは、私の最後のわがまま。
『楽しみにしてる』
彼の言葉に、私は無言で頷いた。
後ろから吹き付けてきた風が、私たちを追い抜いていく。
何だか無性に泣きたくなって、ポケットにいれた手をきつく握り締める。
左の薬指にはまったリングが食い込んで痛くて、視界が滲んだ。