mini

□コイン・トス
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side he




いつ、なぜ、どうやって、そんなことはもうわからない。

ただ、気が付いたらそうなっていた、それだけ。

僕はまだ君を探してる。



「橋場」

改札を出てさみーって悪態をつきながら、コートのポケットに手を突っ込む。
こんな寒さなのに、駅前は人で混みあっていた。

「橋場」
「え?」

2度目でようやく名前を呼ばれていたことに気付く。
隣に立つ女の髪の色と背の高さに酷く違和感を感じて、僕は、これはまたいつもの悪い癖だと内心舌打ちをする。

「どうしたの?ぼーっとして」
「何でもない」

人混みを掻き分けるようにして進む。
たくさんの人の中、僕は自分が必死になってキャメルブラウンのショートコートを探していることに気付いた。

「…くだんねー」
「え?」
「何でもない」

橋場はそればっかりだ、と隣を歩く女は笑う。

その笑い方も声も何もかもが違うと、そんな当たり前のことを感じて泣きそうになった。

しばらく無言のまま歩く。
横断歩道の信号待ちをしていると女がぽつりと、呟いた。

「また、探してたでしょ」
「え、何?」

聞こえないフリをしたけど女はあくまでその話を続けるつもりらしい、さっきよりはっきりと、同じ言葉を繰り返した。

「うん、まあ、癖みたいなものだから」
「それ、ビョーキじゃん」

冗談なんだからツッこめよと僕は思ったけど、女は真剣な顔を崩さない。
信号が青に変わった。
僕らはどちらも先へは進まない。

「もう、やめなよ」

周囲の人たちは迷惑そうに僕と女を避けて先へ進む。
信号が点滅を始めた。

「仕方ないんだ。癖みたいなものだから」

僕は前を向いて信号を見つめたまま言う。

「だって、そんなの、悲しい」

赤くなった信号。
一斉に走りだす車。
横断歩道周辺に、また人が集まり始める。

「ごめんね」

僕の小さな呟きはほとんど車の音に掻き消されてしまったけど、女には届いたらしい。

「だって…!」

悲痛な声を上げた女を見て、僕はなるべく優しい声を出した。

「ごめん、でも仕方ないんだ。どんなに愛しても他の人じゃ駄目だからって、見向きさえしてもらえない人の気持ちは僕にだって何となくわかるよ。そんなに無意味で虚しいことはないって、僕にだってわかる。僕だって、アナタじゃ駄目なのって言われたら悲しい。けど、本当に駄目なんだ。僕はゆきちゃんじゃないと」

そこまで言ってふと、道路の向こう岸に目を向ける。

キャメルブラウンのコートが、視界に映った。

あれは今日みたいに寒い日だった。君はコートを着ていた。

だから、今日君が同じコートを着てここを歩いていたって何の不思議もない。

信号はまだ変わらない。
このままだと君を見失ってしまう。
そんなの嫌だ。

「橋場」

僕を呼ぶ声がどこか遠くで聞こえる。

信号は、まだ変わらない。
遠ざかり始めるキャメルブラウン。

「ゆきちゃん」

僕は迷わず足を踏み出した。




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