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□ある春の日のこと
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まるで壊れ物を扱うように
まるで、注意していないと割れてしまうかのように
『かなみ、ご飯食べ行こ』
『うん』
大学二年目の春。
穏やかな陽気に包まれて、温かな風と日差しに心が和む、一年の内でもアタシが一番好きな季節。
『どこで食べる?』
『あ、かなみ待って』
友人の声に振り向くと、彼女は別に何をするでもなくじっとしていた。
ある一点を見つめながら。
『何?』
『あ、ちょっと』
友人の視線を追って振り返るとそこには男の子が二人、楽しそうに話しながら食堂の方へ歩いて行く姿があった。
『…藤堂くんが、どうかした?』
溜め息まじりに友人に尋ねると、ぎこちなく笑いながら曖昧な返事をされた。
また、だ。
藤堂くんとは昔、もう二年も前のことだけど、付き合っていたことがある。
別れたのも確か、今日と同じくらい穏やかな春の日だった。
もう、二年も前のことなのに、今でもこんな扱い。
まるでアタシが今でも藤堂くんを気にしてるみたいに。
『いいから、行こ』
『うん』
渋る友人を促して食堂へ向かう。
確か昨年、入学したてだった頃に何人かの友達に『藤堂くんと付き合っていたことがある』って話をした。
何となく話しただけだったんだけど、周りの友人たちはアタシが藤堂くんを追い掛けてこの大学に入ったんだと勘違いしたらしい。
次の日からは、まるで壊れ物扱い。
食堂に付いてメニューを選んでいると、向かいから藤堂くんと友達が歩いてくるのが見えた。
『お、かなみ。何食べるの?』
アタシを見付けた藤堂くんは、にっこり笑いながら話し掛けてきた。
『今日はオムライス食べたい気分。藤堂くんは?』
アタシの友人は、アタシと藤堂くんを遠巻きに、複雑そうに見ている。
ヤメテヨ、その眼。
『俺もオムライス。お揃いだな』
つーかかなみ、藤堂くんっていう呼び方昔と変わんないよな、そう言って笑った藤堂くんも昔のまま。
友達を待たせてるからって言って席へと歩いて行く藤堂くんを見送って、アタシも友人へと振り替える。
アタシを見つめるその眼には、哀れみ。
『座ろっか』
『そーだね』
アタシが何もなかったふうに振る舞えば、友人も何もなかったふうに振る舞う。
たぶん、藤堂くんが格好良いから面倒なことになったのだ。
そう、藤堂くんは昨年の大学祭で『ミス』ならぬ『ミスター・ユニバーシティ』に選ばれる程格好良い。
だから、余計噂になったんだろうな、きっと。
『小食だなぁ、もっと食べないと』
『かなみには言われたくないしねー』
『いやいや、女の子は少しふっくらしてる方が可愛いって』
『それは言えてる』
別れ方は実にシンプルだった。
お互い一緒に居すぎて、近付きすぎて、本来の『付き合う』目的から外れてしまった。
『俺たちの関係はカップルじゃなくて友情の方がしっくりくる』
藤堂くんはそう言った。
アタシもその通りだと思った。
だから、別れた後も電話したりメールしたりたまに一緒に遊んだりもしてた。
ただ、藤堂くんに新しい彼女が出来てからはそういうのも殆ど無くなって、周りの視線が更に別のモノに変わってしまったけど。
アタシは藤堂くんに未練なんかないし、藤堂くんもアタシのことを友達だと思ってくれている。
それで、何も問題無いはずなのにな。
『おいしかったね』
『うん』
『かなみ、次の講義なに?』
『次は入ってないから、図書館に行ってレポートやる』
『そっかぁ、頑張ってね』
『うん』
ばいばい、と手を振って友人の姿が見えなくなったところで張り付けた笑顔を剥がす。
視線の端々には哀れみ。
言葉の裏には同情。
うんざりなんだってば、もう。
自分の物差しで他人を計らないで欲しい。
勝手に想像して意味付けしてドラマを造り上げて、何が楽しいんだろう。
大きく溜め息を吐いて、今日は高校の親友と一緒にたくさんお酒を飲もうと決めた。
たくさんたくさん飲んで、嫌なことはみんな忘れてしまおう。