mini

□不器用恋愛
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昔から、器用な生き方のできる人間じゃなかった。

日曜日のショッピング・モールはとても混み合っている。
買い物に疲れた私たちは、お洒落なカフェに入って一息つくことにした。

ニコニコ笑いながら正面で話す男を見つめて、内容のない話に付き合う。
目の前の男は、私に彼氏がいることも知らず、私に惚れているんだろう。
あと一押しで落ちる、とでも思っているのだろうか?

「それでさ…」

更に彼が口を開いた時、私の携帯が振動で着信を知らせた。

「ちょっと、ごめんね」

目の前の彼に微笑んで、携帯を開く。
電話をかけてきたのは彼氏だった。

携帯を再び閉じて鞄にしまうと、目の前の彼は少し不思議そうな顔をして、でなくて良いの?と尋ねてきた。
私はそれに、別に良いのと笑って答えて、彼にさっきの話の続きを促す。

内容のない、薄っぺらな話。

嬉しそうに笑う彼の顔を見て、私の心も彼の話と同じくらい薄っぺらいと思った。





夜、家に帰って来てからすぐに携帯を取り出して、リダイヤルボタンを押した。

コール音が一回、二回、三回目が鳴っている途中で、少し低い声が応答した。

「私だけど、昼、電話取れなくてごめんね」

いつもより少し甘えた声で、忙しかったの、と呟く。
私は、彼がこの声を好きなのを知っている。

いつだって、この声で謝れば彼は許してくれるのだ。

『…他の男と、会ってたから?』

だけど受話器から聞こえてきた声は、許しの言葉ではなくて、乾き切った、冷たい声だった。

「…見て、たの?」

否定はしない。
いつものことだから。
いつもと同じく、謝れば良い。

「ねえ、愛してるのはあなただけ。あなたを一番愛してるの」

だから、怒らないで。そう続けようとした言葉は、受話器の向こうから聞こえた女の声でせき止められた。

『お風呂あいたよー…って、電話中か。誰?』
『ちょっと仕事の話』

女の声にそう答えた彼は、小さくため息を吐いて私に話し掛ける。

『…ごめん、もう無理なんだ』
「何、言ってるの?何で、嘘ついたの?私たち、付き合ってるんでしょ?」

重ねた問い掛けに彼は答えずに、もう一度同じ言葉を繰り返した。

『ごめん』

私は、返す言葉を見失う。

『好きだったんだ。本当に。でももう無理なんだ…俺にだってプライドがある。何回も浮気されてまで、一緒にはいられない』

何を、言っているんだろう。

黙っていると、それじゃあ、と言って彼が電話を切ろうとする気配がした。
反射的に、私はせきをきった様に喋りだす。

「待って、ねぇ、聞いてたでしょ?愛してるの、あなたを。他の人じゃ駄目、あなたじゃなきゃ駄目なの。お願い、さよならなんて嫌、わたしは、」

あなたが好きなの。あなたに愛されてることを感じたくて、嫉妬を焼かせたくて、だから浮気してたの。

私の台詞は、彼には届かずに一方的に切られた通話終了の音の中にむなしく響いた。

ああ、終わってしまった。

耳から携帯を話して、ぼんやりとそれを見つめる。
終わってしまった。こんなに簡単に。

昔から、器用な生き方のできる人間じゃなかった。
愛することも、愛されることも不器用でうまく出来ないなんて。
私は声を上げて子供みたいに泣きじゃくりながら、自分で自分に嘲笑った。





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