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□白衣の悪魔
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正真さんは、表では本当に名前通りで正しく真面目な人だ。
裏といえばまったくそんなことないんだけれども、その裏の顔を知っているのは恐らく私だけだから、少し優越感に浸れたりする訳で、要するに私は正真さんにベタ惚れなのだ。
「如月さん」
受け付けで名前を呼べば、すぐ近くのソファーに座っていた正真さんが近付いてくる。
私は至って事務的な口調で、担当医からお話がありますのでそちらが終わってから面会をしてください。と告げた。
正真さんも普段と何も変わらない口調で、いつもお世話になってます。と言ってから奥へと去っていった。
私は、これから正真さんが担当医に告げられることを、知っている。
初めて会ったのは、一年程前。
総合病院の産婦人科に、正真さんは奥さんと一緒にやってきた。
その時たまたま担当したのが私だったのだ。
一目惚れだった。
奥さんなんて目に入らないくらいに、私は正真さんを見ていた。
二十数年生きてきたけど、あんな気持ちになったのはあの時が初めてだった。
正真さんは、私が会いたいと言えば会いにきてくれるし、私が淋しいと言えば抱き締めてくれるし、私が抱いてと言えば愛してくれる。
私が言えば、だ。
そろそろ医師の話も終わった頃だろう。
私は正真さんの奥さんの居る病室へ向かった。
正真さんの奥さんは産後の経過がよくなくて、出産後もそのままこの病院で入院している。
けれど、彼女が産んだ男の子はとても元気だ。
軽くノックをしてから病院へ入る。
ベッドの傍の椅子に腰掛けた正真さんが、ちらりと私を見る。
私はそれを無視してベッドへ歩み寄り、正真さんの奥さんに話し掛けた。
「ご気分はどうですか、何かして欲しいことはありますか」
奥さんは、弱々しく微笑むと、小さく首を横に振った。
綺麗な人だ。
憔悴しても、尚。
それを見た私は、正真さんの方を向いて何かありましたら遠慮なく言ってください、と告げる。
正真さんはやっぱりいつも通りに、お世話になります。とだけ言った。
その日の夜、私は正真さんに電話をした。
会いたい、とひとこと言うために。
汗で湿ったシーツに横たわり、正真さんの髪を指で梳きながら、私はくつりと喉の奥で笑う。
「いいの、こんなことしてて?奥さん、容態悪いんでしょ」
呼んだのは自分、なのに私はそんな言葉を口にした。
彼は少し目線を下げた後、ベッドから起き上がり私に背を向け煙草に火をつけた。
私も同じく体を起こし、正真さんの背中に抱きつく。
熱いのは私の体ばかり。
彼の体は冷たくて心地良い。
それでも何も言わない正真さんにもたれかかり、私は静かに目を閉じた。