作品庫

□山紅葉
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吐息は夢に 夢は涙に

錦繍織り成す秋山の
彩り豊かな峠道
道を急ぐは一人の男
脇目も振らずせかせかと
ただひたすらに歩み往く

ふと 目にしたは紅葉の根元
瓜実顔に馬の尾髪の 粋な女が手招いて
男をちょいと呼び止める

ねぇ旦那 火を貸してくれないかい
ちょうど火種を切らしてねぇ
あぁどうもありがとう
お前さん此処を通るのは初めてで?
あら違うのかい
そんならこれは知ってます?

二昔も前のこと
楓色増すこの山で
女が一人殺されたそうな
肩から胸へ袈裟掛けに
深手を負うて死んでたそうな

おや ご存じないとは意外だねぇ
この辺りじゃ有名な話だけど
じゃあこの話はご存じ?

これもまた昔の話
花の都の仇花の
美人の芸妓が恋に落ち
見習い絵師の自分の情人と
北の国へと落ち延びて
倹しい鄙の侘び住まい
ところが 男は秋風に
心さらわれ いじらしい
女を足蹴に いたぶって
挙げ句の果てにこの鎌で
悪鬼の如く斬り殺したと
女の胎には愛しい己のややがいたのにねぇ


マァ 旦那どうしなさった
えらく腕が震えているよ




そうかい
やっと思い出したかい
あんたが殺めた女の顔を
忘れてしまうとは胴欲な

涙は血潮に 血潮は紅葉に

二世を誓うた私のことを
みたび よたびと斬りつけて
骸を打ち棄て山路を下りた
ややを宿した私をナァ
アァ 憎らしや恨めしや


女の手には光る鎌
男の喉をざっくと切り裂く
末期の苦業にのた打つ男を
女は愉悦の笑みで切り苛む
散るは紅葉か血の華か
紅燃ゆる 秋の山路


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