倉庫 GC

□四畳半逃避行
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全てが終わったあの日から早数年。
辛くも生き残ったローワンとダリルだったが、その後の生活は決して楽なものではなかった。

かつて彼等はクーデターの中心にあった。
特にローワンは、生存した中で最も責任の重い立場にあった。
出頭すれば軍法会議にかけられ、銃殺刑も十分に考えられた。
彼自身、それは覚悟していたことだった。
けれどそんな覚悟すら、たった一人のために捨ててしまった。

あの日、崩壊した施設の瓦礫の上で、ダリルとローワンは再会を果たした。
一度は死を受け入れたローワンに、ダリルは縋り付いて訴えた。

「一人にしないで」と。

ただそれだけで、彼は全てを擲(なげう)ってでも生きようと決めた。
軍人としての矜持も、指揮官としての責任も、何もかもを捨てて。

当然ながら、軍の追跡を躱(かわ)しながらの生活は楽なものではなかった。
常に人の目を気にし、ようやく見付けた住み込みのアルバイトも長くは続けられず。日陰者としての生活は少しずつ彼等を追い詰めていった。

ダリルとて、ただ彼についてきたわけではなかった。
家事も内職も、数をこなすうちに少しずつ技術を習得していった。
それでも世間知らずなダリルに出来ることは少なく、素直でない性格では満足に労うことも敵わなかった。
四畳半の窮屈な部屋で、今日もダリルはローワンの背を見ていることしか出来ない。

「ブローカーの手配でこの分は飛ぶとして、船は――駄目だ、これじゃ足りない」

布団で横になるダリルに背を向け、ローワンは頻りに電卓を弾いては切羽詰まった声を上げる。
ぶつぶつと呟き彼が悩んでいるのは、不法な手段を用いてこの国から脱出する方法。
外国人である彼等の容姿はこの国ではあまりに目立ち、逃亡生活はもはや限界に近付いていた。

「明日から一食抜くか……いや、アルバイトを一つ増やせばどうにか……」

不法出国には勿論それなりの資金が必要となる。
貧乏暮らしの彼等に、それだけの資金を工面するのは難しい。
これまでの倹約の甲斐あって、どうにか必要な資金の8割までは用意出来た。
問題は残りの2割だ。

「手っ取り早く軍服を売るか……。足が付いたとしても、日曜までに逃げ切れば……」

ローワンは眉間に深い皺を刻み、今度はカレンダーとにらめっこを始める。
疲れと眠気で頭が働いていないのだろう。彼は頻りに昨年のカレンダーをなぞっては、日付が合わないなどとぼやいている。
そんな姿に溜め息を零し、ダリルは布団から這い出して彼の背中に躙(にじ)り寄った。

「ねぇ」
「1、2、3、4……やはり合わない……」

よほど煮詰まっているのか、呼び掛けに答える様子はない。

「ねぇってば」
「おかしいなぁ……。なんで合わないんだ?」

もう一度と声を掛けても、ローワンがカレンダーから顔を上げることはない。
それに痺れを切らしたダリルは、彼の肩を掴み、背中から床に引き倒した。

「うわっ」

間抜けな声を漏らし、彼は柔らかな布団に後頭部を沈める。
ダリルは彼の顔から眼鏡を剥ぎ取ると、すらりと伸びた彼の鼻筋を力任せに抓り上げた。

「んがっ!?」

ぼやけた視界といきなりの暴挙に、ローワンは動転して動きを止める。
けれどすぐに我を取り戻し、鼻を摘まむダリルの指先を払い除けるように引き剥がした。

「何するんだ!?」

対するダリルは愕然とするローワンの顔を見下ろしながら笑った。

「目、覚めた?」
「それどころじゃ……。本当に、何するんだ?」
「別に。去年のカレンダー見て何してるのかなーって」
「去年の……?」

返された眼鏡をかけ直し、ローワンは上体を起こしてカレンダーを拾い上げる。そこでようやく自らの失敗に気付き、彼は深い溜め息を吐いた。

「ああ……道理で……」

再び布団に頭を沈めて落胆に満ちた呟きを零せば、頭上でダリルがけらけらと彼を笑った。

「眠いなら寝なよ。明日も早いんでしょ?」
「それはそうなんだが……」
「寝惚けた頭で悩んでも何も解決しないって」
「かも知れないな」

観念し、彼は体を転がしてダリルの布団に潜り込む。

「ちょっと、なに人の布団で寝ようとしてるのさ」
「今日はもう布団を敷く体力がないんだ。たまにはいいだろう?」

潜り込んだ布団の中で、彼は珍しく駄々を捏ねる。
普段ならば蹴飛ばしてでも断るところだが、流石に今日はダリルの方が折れた。

「ちぇっ。世話の焼けるヤツ」

呆れたように肩を竦め、ローワンを跨いで照明に手を伸ばす。

「それじゃ、おやすみ」
「ああ。おやすみ、ダリル」

四畳半の狭い部屋に、かちりと小さな音が響いた。
 

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