倉庫 GC-2

□また会う日まで
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先を行く仲間にあまり遅れるのもなんだと、ツグミはダリルと、綾瀬はローワンと、各々距離を取りながらも共に歩き始めた。
前を歩くのはツグミとダリル。少し離れた後ろを、綾瀬とローワンがゆっくり付いて行く。

「よく生きてたわね」

先に話を振ったのはツグミ。

「何?不満?」
「意外。ボコボコにしてやったから、あのまま埋もれて死んだと思ってた」

言葉の端に滲む刺々しさに、ダリルは不機嫌そうな顔をする。
けれどすぐに気を取り直し、何処か懐かしそうに言葉を返した。

「アイツがさ、助けてくれたんだ」
「あのローワンって人?」
「うん」

ツグミは軽く首を捻り、後方のローワンを確認する。

「ずっと一緒に逃げてるの?」
「他に行く宛もないしね」

父という後ろ楯を失ったダリルに頼れる人間が一人でもいたことは、ツグミにとっては大きな衝撃だった。

「よかったじゃん、大事にしてくれる人がいて」
「……まあね」
「その人のおかげ?最初見たとき、アンタだって気付かなかった」
「ふーん」

元々朧気な記憶ではあったが、それを差し引いても今のダリルは変わったと彼女は思う。
年を重ねて外見が多少変化したのは勿論、纏う空気も何処か違った。
柔らかくなったとでも言うべきか。

「お前は相変わらずちんちくりんだな」

それでも憎まれ口は健在であるらしい。

「失礼ね!これでも色々と成長したのよ!?」
「……どこが?」
「きぃーっ!!」

胸を指して首を捻るダリルに、ツグミは地団駄を踏んで奇声を上げる。
そんな二人を数歩後ろで眺めながら、綾瀬はローワンに車椅子を押されながら溜め息を零した。

「何してるのよ、ツグミったら……」
「でも、随分と楽しそうだ」
「そうですね」

前を行く二人とは違い、両者の会話は穏やかだ。

「ローワンさんは、ずっと東京にいたんですか?」
「いや、彼と一緒に日本中を転々と。東京には今朝着いたばかりだよ」
「今までずっと二人で?」
「お互い、頼れる人がいないからね」
「まだ暫くこちらに?」
「いや、夕方には発つ予定だ」

人目の多いこの地に舞い戻るのは、追われる身の彼等にはかなり危険な行為だ。長く留まることは出来ない。
では何故そんな場所に、日帰りとはいえわざわざ訪れたのか。

「どうして――」

その真意を尋ねようと綾瀬が口を開いた矢先、

「綾瀬!」

鬼気迫った声に呼び止められ、彼女は言葉を打ち切った。

「アルゴ?」

振り返れば、そこには肩を大きく上下させたアルゴが立っている。

「どうしたの?そんなに慌てて――」

綾瀬はローワンに片手で断りを入れ、車椅子を反転させてアルゴと向き合う。
興奮した様子のアルゴに、不思議そうな顔をして。
けれど先を行くツグミとダリルの二人には、猛る彼の心中がありありと察せられた。

「待って!アルゴ!」

ツグミが叫び、ダリルが身を翻す。
だがアルゴの行動は早かった。

「貴様等、今更何をしに来やがった!」

彼は綾瀬に目もくれず、その傍らに立つローワンの胸倉に掴みかかった。
接近戦に慣れた彼の動作は反撃の隙すら与えず、元軍人とはいえ技官のローワンは易々と地面に組伏せられた。
左腕を後ろ手に捻られ、堪らずローワンは苦悶の声を漏らす。
首筋に当たる冷たい感覚は、おそらく鋭利な金属だ。

「やめて、アルゴ!」

綾瀬は悲痛な叫びを上げ、車椅子から腕を伸ばしてアルゴの肩を掴む。

「違うの!その人は敵じゃない!」
「いいや、違うな。俺はこいつに見覚えがある。そこのクソガキと一緒に捕虜にした、あの時のアンチボディズの野郎だ」

クソガキ、そう呼ばれたダリルはローワンを押さえられ為す術なく拳を握る。

「でも、もう終わったのよ!争う理由なんてないわ!」
「わかるもんかよ。どうせまた碌でもないことを企んでやがるのさ」
「アルゴ!」

アルゴは裾を引く綾瀬に目もくれず、ローワンの腕を捻る力を強める。

「ツグミ、皆を呼んでこい。締め上げて吐かせる」

かつてあれだけの事を為した敵だ。易々と信用出来ない彼の気持ちも、綾瀬にはわかる。
それでも彼女は止めたかった。
もう全て終わったのだと信じたかった。
それはツグミも同じこと。

「ごめん。出来ない」
「ツグミ!?」
「アルゴの言うこともわかるけど、アタシは助けられたこともあるから。今日だけは見逃して」

彼女は一度、ダリルに命を救われた。
それが偶発的なものであったとしても、作った借りは返したかった。
それに何より、綾瀬の悲しむ顔を、彼女は見たくなかった。

「お願い」

そんなツグミの願いが通じたのか、アルゴはおもむろにローワンの上から体を退けた。

「……怪しい真似をしたらすぐにでも殺すからな」

首筋に当てた金属を離し、左腕を背に捻ったままローワンの体を起こす。
それがアルゴの最大限の譲歩であるらしい。
ダリルはそれに不満気な顔をしたものの、ローワンに頭を振られ、黙ってツグミの隣に並んだ。

「もう一度訊く。今更何をしに来た」

険のあるアルゴの声音に、ローワンは深々と溜め息を吐く。

「最後にもう一度、あの場所を見ておこうと思った。それだけだ」
「あの場所?」
「24区」

自分達が敗れ、多くの仲間を失った場所――24区。その現在の姿を、最後に目に焼き付けておきたかった。
危険を冒してまで東京に戻った理由を、彼等はそう語った。

「……最後って言ったな」
「ああ」
「出頭するのか」

逃げるのに疲れ、ついに自分達の罪と向き合う気になったのか。
けれどローワンはゆっくりと首を横に振った。

「それは……もう少し後にしようと思ってる」

そして哀愁に満ちた顔で、ツグミの傍らに立つダリルに目を向けた。

「私がいなくなっても、ダリルがちゃんと生きていけるようになるまでは、まだ逃げ回ろうと思う」
「はぁ!?」

初耳なのだろう。
ダリルは唖然とした表情でローワンを見た。

「なんだよそれ!聞いてないぞ!」

いつまでも、どこまでも、共に逃げてくれるのだと思っていたダリルにとって、それは裏切りに近い言葉だった。

「結局置いていくのかよ!あの時みたいに、また僕だけ逃がして残る気かよ!」
「なにも今すぐって話じゃ――」
「同じだよ!アンタ何もわかってない!」

声を荒げ、ダリルはローワンに掴みかかる。
アルゴに腕を捻られたままダリルに襟首を絞められ、ローワンは苦悶の表情を浮かべる。

「ダリル、痛い」
「うるさい!黙って聞けよ!」

鼻先がぶつかりそうなほどに顔を近付け、ダリルは恥も外聞もなく叫んだ。

「僕はな、アンタといたいんだよ!」

大声は公園中に反響し、ぐわんと空気を震わせる。
ローワンは一瞬ぽかんと口を開け、次の瞬間肩を大きく揺らして笑いだした。

「ちょっ、何笑ってんの!?」
「違っ、ごめん、馬鹿にしてるんじゃないんだ」

体が揺れるに捻られた腕が痛むのか、彼はひいひぃと悲鳴をあげながら笑い声を零す。
自分で笑いを止められないのだろう。顔を真っ赤にして息を吸う様は、誰が見ても大爆笑だ。
 
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