倉庫 GC-2

□紺碧の約束
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鉄格子の外に降り注ぐ雨を眺めながら、ダリルは鬱々とした気持ちで溜め息を吐いた。

「黴生えそう」

伸びた髪に指を絡めると、抑えた笑い声が彼の耳朶を擽(くすぐ)る。

「何笑ってんだよ」
『いや、なんでもないよ』

恨めしそうに睨んだ先では、ローワンが口許を押さえて肩を震わせている。
その体が透けて見えるのは、彼がこの世のものではない証だ。

「アンタはいいよな」
『何がだ?』
「なんでもないよ」

ローワンが死んだあの日から、もう何年経っただろうか。
胸まで伸びた髪を摘まみ、ダリルはぼんやりと考える。
幽霊、あるいは幻覚として現れるこの男は、未だに自分が死んでいることに気付いていない。
ダリル以外の人間を認識していないのか、巡回する看守を気に掛けたこともない。
食べることも眠ることもない自らの体を、彼はおかしいと感じていないようだった。
そんなローワンが傍らに居ることに関して、ダリルは少なからず安堵というものを感じている。
いつ終わるとも知れない刑期の中で、彼の存在は唯一の心の支えだった。
だが時折考えることがある。
果たしてこのままでいいのだろうか、と。
ダリルの見ているこのローワンがただの幻覚ならば問題はない。
しかしこれが成仏出来ずにこの世に留まる亡霊なのだとしたら、この状態はローワンにとって良いものとは言えないだろう。
かと言って、わざわざ積極的に成仏させてやろうという気持ちはダリルにはないのだが。

『それにしても、だいぶ髪が伸びたな』
「そうだね」
『髭を剃るついでに髪も切ったらどうだ?』
「剃刀で?」
『切れないこともないだろう?自分で切るのが不安なら後ろだけでも代わるが』

幽霊に剃刀で髪を切り落とされる様を想像し、ダリルは堪らず顔を顰める。

「やだよ。痛そうだし」
『じゃあ結ぶか?』
「いいよ。今更外見を気にしたってしょうがないだろ」

ダリルの世界はこの独房で完結している。
自分自身とローワンと、時々現れる看守。それだけが彼の世界の登場人物だ。
その中の誰にも着飾る必要がない今は、伸びきった髪に櫛を通すことも少なくなった。

『そんなことじゃ、大好きなパパに嫌われるぞ』

ローワンの記憶がどこで止まっているのか、ダリルにはわからない。
少なくともクーデターを起こした日のことは覚えていないらしく、よくダリルの父親を引き合いに出しては彼をたしなめる。
その度にダリルははぐらかすように顔を伏せ、ローワンは間抜けな面で首を傾げるのだ。

『ん?どうした?』

もしもここで父の死を告げたなら、ローワンはどんな反応を返すだろうか。
全てを思い出すか、ただ有りの侭を受け入れるのか。
思い出してしまったら、彼は消えてしまうのだろうか。
そんなことを考える度、ダリルはすぐさま自らに芽生えた不安を否定する。

「なんでもないよ」

取り繕うように浮かべた笑顔を、ローワンが疑うことはない。
 
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