倉庫 TOA

□さよならは言わない
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その答えが嘘でもよかった。
彼を待つ免罪符になるのなら。





【さよならは言わない】





空に浮く巨大な建造物、エルドラント。
アルビオールの窓からそれを睨み付け、アッシュはきつく唇を噛んだ。

「あんなものを造りやがって……」

白亜の城のようなそれは、美しい見た目に反し要塞然として洋上に滞空している。
おそらくはあの地が、人間の――被験者の存亡を賭けた最後の戦場になるのだろう。
パイロットのギンジには、アッシュと共にその戦場を駆ける力がない。
彼を戦場へと送り届け、無事の帰りを祈ることしか出来ない。
だからこそ、出来ることは必ず成し遂げる。
それがアルビオールのパイロットたる、ギンジのプライド。

「悪いな、こんなところにまで付き合わせて」
「気にしないでください。おいらが望んだことですから。必ずアッシュさんを送り届けてみせますよ」
「……頼む」

アッシュの言葉に、ギンジは「任せてください」と笑顔を返した。

「それにしても、面倒なことになったな」

対空砲火は収まることを知らず、上陸はおろか接近すらままならない。
プラネットストームという鎧を引き剥がしても尚、この砲撃の雨を切り抜けなければ活路は見出だせない。

「一か八か、突っ込むしかないか……」

その時、事態が動いた。
突如エルドラントが動き出したのだ。
向かう先にはルーク達の乗るアルビオール2号機。
特効だった。

「ヴァンの野郎、アルビオールごと始末する気か!!」

アッシュが声を荒らげ、座席の背を殴る。
一方のギンジは冷静だった。

「アッシュさん、しっかり掴まっていてください!」

言うや否や、ギンジはアルビオール3号機の高度を急速に落とし、未だ砲撃の続くエルドラントへと突入した。
閃光が機体を掠めるように通り過ぎ、次いで爆音が鼓膜を揺らす。
紙一重で砲撃を躱し、ギンジはある一点に向かい、一気にアルビオールを突進させた。



「ギンジ!」

激しい物音と衝撃。
土煙で潰された視界の中で、アッシュは咳き込みながらギンジを探した。

「無事か!返事をしろ!ギンジ!」
「大丈夫、です」

か細いながらも、声が返ってくる。
アッシュは安堵の息を吐き、這うように操縦席に近付いた。

「ははっ、なんとか、上手くいきましたね」

ギンジは操縦席の背に体を預け、アッシュを見て苦笑いを浮かべた。

「無茶をする……。怪我は?」
「おいらは大丈夫。少し体を打っただけです」
「少しって……」

傷は確認出来ないが、歪んだ顔からは相当な痛みが感じられた。
この状態のギンジを置いていくのは気が引けたが、アッシュに止まっている時間はない。

「一人で脱出出来るか?」
「直にノエルも来るでしょう。おいらはそっちに拾ってもらいます。アッシュさんは気にせず、戦いに集中してください」
「……すまない」

アッシュは彼の手を握り、浮かぶ脂汗を指先で拭った。

「必ず帰ってきてくださいね」
「……ああ」

迷った末の返事が嘘であることくらい、ギンジにも察せられた。
それでも彼は引き留めることなく、アッシュの握る手を離した。

「いってらっしゃい」

去り行く深紅の長髪が粉塵に消える瞬間まで、彼はその背に手を振り続けた。





さよならは言わない
――――――――――
3年後、ただいまと彼が笑う日まで

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