倉庫 GC-2

□とある青年の数奇な一日
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アンドレイと名乗る男が目を覚ましたのは、それから僅か30分ほど後のことだった。
人目を気にしたダリルが男を玄関に放り込み、申し訳程度の毛布を掛けたのが25分前。
その毛布を引きずりながら、男がリビングに顔を出したのが10分前。
そしてダリルに手渡された缶コーヒーを嚥下しているのが今である。
錯乱していたアンドレイの精神も一眠りして落ち着いたようで、ソファーに浅く腰掛け、ぽつりぽつりとダリルの問いに応えた。
曰く、アンドレイはGHQに所属していた軍人で、敵に追われている最中だった。仲間を先に逃がし、敵を足止めしつつ脱出を図っていた。その途中、爆発音と共に足元が崩壊した。
彼が覚えているのはそこまで。
「FPSか何か?」それがダリルの率直な感想だった。

「信じてくれとは言わない。妄言だと思ってくれて結構だ」

薄汚れた軍服を身に纏い、男は穏やかな声音でそう言った。
端から理解してもらう気がなかったのだろう。聞かれた以上のことを口にすることもない。
代わりに部屋の中を見渡しては、ダリルのことを聞きたがった。
歳はいくつで、今は何をしているのか。
家に彼以外誰もいないが、家族は何処にいるのか。
プライベートな質問を遠慮なくぶつけてくるアンドレイに、ダリルは戸惑いながらも答えを返した。
親の仕事で10年前に日本に渡ったダリルは今年で21歳。東京都内の大学に通う3年生で一人っ子。
両親は熱海へ旅行中で、明日の午後には帰宅するという。
円満な家庭に裕福な生活。何不自由ない彼の暮らしに、男は何故だか悲しそうな目をした。
その目を快く思わなかったダリルは、すぐさま話の腰を折った。

「それで?これからどうするのさ」
「これから?」
「大使館に行くなり、知り合いに連絡とるなり、考えてるんだろ?」

どこぞの軍隊に属した人間ならば、帰る国もあるのだろう。
例え話が空想の産物であっても、帰りを待つ人間の一人くらいいるはずだ。
そんな人間のためにも早く帰れと促すダリルに、男は暫し考えて言った。

「東京湾に行こうと思う」

東京湾と一口に行っても、その範囲はそれなりに広い。
湾の何処へ行きたいのかと尋ねれば、男は少し悩んだ後に「台場」と返した。

「きっと何もないだろうけどな」

そう苦笑して。
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