倉庫 GC-2

□とある青年の数奇な一日
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早朝から家の前に見知らぬ男が倒れていたら、人はどんな反応を返すだろうか。
慌てて駆け寄り救急車を呼ぶ。或いは警察を呼ぶ手もあるだろう。
知らぬ顔をして通り過ぎてしまうことも、悲しいが十分にあり得る話だ。
然してこの青年の場合であるが、その対応は辛辣だった。

「人ん家で何やってんだよ、オッサン」

汚れた靴の爪先で男の腹を小突いた彼は、反応がないと見るや、爪先で掬い上げるようにして男の体を仰向けにひっくり返した。

「う、ぁ」

男は呻き、腕を顔の上に乗せてうっすらと目を開いた。

「ここ、は?」

寝ぼけ眼を擦り、目玉を左右に動かして辺りを探る。
次いで男は片腕をついて上体を起こし、一度大きく咳をした。
怪我や病気で倒れていたわけではないのか、咳以外に怪しい素振りは全くない。
ならば尚のこと遠慮は無用。

「さっさと退いてよ。入れないんだけど?」

腰に手を当て青年が凄んでみせると、男は初めて彼の存在に気付き驚いた様子で顔を上げた。

「え?あ……え?なんで君がここに?」
「は?」
「敵は?葬儀社にGHQは!?」
「アンタ何言ってんの?頭大丈夫?」

錯乱しているのか、男はおかしな言葉を口にするばかり。会話が成立しない。

「本当に何なの?行き倒れなら他所でやってよ」

家には入れないことで青年は苛立ち、威嚇するように強く地面を踏みつける。

「ああ、すまない……」

男は這うようにして道を開けると、おずおずと彼を見上げた。

「その……一つ聞きたいんだが」
「何さ」
「君は誰だ?」

青年は玄関へ向かおうとした足を止め、振り返らずに言葉を返した。

「“人に名前を聞くときは――”って、聞いたことない?」

無視して通り過ぎてもよかった。
だが彼は問いに応えた。
男はそれにほっと息を吐き、自身の名前を口にした。

「アンドレイだ」
「……ダリル」

僅かに間をおいて返された答えに、男は柔らかい笑みを浮かべた。

「ああ、そうか。私は――」

そうしてそのまま、後頭部から地面に崩れ落ちた。

「ちょっ!!おい、オッサン!オッサン!?」

鈍い音と振動に、ダリル青年は慌てて男に駆け寄った。

「しっかりしろよ!アンドレイ!」

男は目を閉じたまま、応えを返すことはなかった。
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