倉庫 GC-2
□反撃のメソッド
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東京都心が封鎖されて二週間。
天王洲第一高校の偵察から戻ってきたダリルの手には、赤い固形物があった。
過剰に赤を演出されたその塊を犬猫のように舐め回し、彼は珍しくご満悦のようだ。
てっきり罵声の一つでも浴びせられるものと覚悟していたローワンは、大層間抜けな面でダリルを出迎えることとなった。
「少尉、それは林檎飴か?」
恐る恐る尋ねるローワンに、ダリルは隠しきれない興奮を滲ませて応える。
「失礼なちんちくりんから貰ったんだ」
「ちんちくりん……?」
どこでそんな言葉を覚えたのか。ローワンは珍妙な顔で彼の言葉を復唱する。
「お駄賃だってさ。まったく、こんな安っぽいもので僕をこき使おうだなんて、いい度胸してるよ」
ダリルはそう吐き捨てるが、表情は決して不快感を表してはいない。むしろどこか嬉しそうに、手中の飴をローワンに見せ付けた。
その幼げな所作に、ローワンはようやく平素の穏やかな表情を見せた。
「……何笑ってるのさ。気持ち悪い」
「…………」
温かな空気は瞬く間に凍り付く。
しかしローワンとて、この程度で怯むほど軟弱者ではない。伊達に奇人変人に囲まれて過ごしてはいないのだ。
「ところで少尉」
若干笑顔を引きつらせ、彼はダリルの顔に手を伸ばす。
「この眼鏡には特殊な機能があって」
その指先はダリルの眼鏡を奪い取ると、こそこそとフレームを弄って何かを取り出した。
「このマイクロチップに、君がここに帰ってくるまで目にした全てが録画されている」
「はぁ!?」
「この映像を見れば、君の言うちんちくりんとやらも――」
みるみるダリルの顔色が変わる。
よほど都合の悪い何かがあるらしく、顔を真っ赤にしながらローワンに掴みかかった。
「人に無断でなんてものつけてんだよ!帰せ!」
白い手袋の内から、黒く小さなチップは易々とダリルの手に渡る。
彼はそれを床に叩き付けると、踵で何度も踏みつけた。
「こんな!ものが!あるなら!犬でも!使えば!よかった!だろ!」
「流石にそれは……」
「知るかよ!!」
ぱきりと小さな音をたて、チップはついに真っ二つに割れる。
そこでようやく足を止めると、未だ怒りの収まらないダリルは床を踏み鳴らしながらその場を後にした。
後に残されたローワンは、砕けたチップの破片を一つ一つ拾い上げる。
このチップが実際は眼鏡に仕込まれてなどおらず、彼が手品の要領で取り出しただけの代物だと知ったなら、ダリルはどんな顔をするだろうか。
知らずほくそ笑んでいたローワンは、背後に迫る足音に気付いていなかった。
「随分嬉しそうですね」
「!!」
飛び跳ねるようにして振り返ると、そこにはいつもと変わらず携帯電話を弄る嘘界の姿がある。
ローワンは慌てて敬礼をすると、拾い上げたチップの欠片を右手の内に隠した。
「ええと……少尉が、ですか?」
「あなたがですよ」
言われ、どきりとする。
ダリルは上手く欺けても、嘘界にはお見通しのようだ。
ローワンは敬礼を解き、苦笑して頬を掻いた。
「最近はずっと塞ぎ込んでいたようでしたから。少しでも気が紛れたのなら良いのですが」
嘘界は携帯に視線を落としたまま、彼の言葉に首肯を返す。
「作戦とはいえ、父親を殺したのですからね。仕方のないことでしょう」
「仕方のないこと、ですか……」
ヤン司令を殺害することは、作戦上必要不可欠なことであった。それはローワンとてわかっている。
だがよりにもよって、実の息子であるダリルに手を汚させてしまったことを、彼は未だ後悔していた。
「あなたこそ、堪えているのではありませんか?」
「私は……軍人ですから」
「それは少尉もでしょう」
嘘界の言葉は最もだ。
けれどそれで割りきれるほど、ローワンの人格は出来ていなかった。
「そう、ですね」
ローワンは曖昧に笑い、手の内の欠片を強く握り締めた。