倉庫 GC-2

□四ノ刻 自覚
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ともあれ、この鏡が今後何かの役に立つわけでもなく、ダリルはそれを呆気なく地面に放り捨てた。
ざくりと小さく音をたて、鏡は湿った土に突き刺さる。
その鏡面にもう一度だけ視線を向けたダリルは、次の瞬間あることに気が付いた。
写り込んだ自分の左隣に、誰かの肩が見切れている。

「アンタ、やっと――っ!」

やっとあの背中の主に追い付いた。
そう確信して振り向いた彼は、そこに立つ初老の軍人を認め、ぴたりと動きを止めた。

「――アンタ、は……」

見覚えのある顔だ。
先程見たあの写真の、父親と思しき軍人。
それが今、彼の隣に立っている。

「ダリル」

男は彼の名を呼ぶと、己より低い位置にある彼の首に手を添えた。
暖かみのない、酷く冷たい手だ。
それが柔らかく彼の首を掴み、ゆっくりと握力を強めていく。

「っ、ぁ」

意外なことに、ダリルはそれを苦しいと感じた。
自分が呼吸をしていることに、彼はその時初めて気が付いたのだ。

「お前など、母親と共に死んでしまえばよかったのだ」

失われる空気に反比例するように、忘れていた記憶が脳裏に溢れ出す。
愛された過去を。
失った平穏を。
奪ってきた命を。
大好きだった父を。
彼は今になって思い出した。

「お前のせいで!」

更に強まる握力で、首がみしりと音をたてる。
このままでは首を折られてしまう。

「パ、パ……」

力の入らない腕を持ち上げ、ダリルは己の首を絞める父の手を掴んだ。
すると驚いたことに、父の手は泥のように溶けてぼろりと地に落下した。

「おのれええええええええ!!」

空を裂くような咆哮を放ち、父はよろめきながら一歩退く。
その足元へ、支えを失ったダリルの体が崩れ落ちた。

「また私を殺すのか!ダリル!!」

倒れ付した彼の上に、父を形作っていた泥がばらばらと降り注ぐ。

「パパ!パパ!」

ダリルは崩れ行く父に手を伸ばし、懸命にその名を呼んだ。

「パパぁ!!」

それでも父の体はぼろぼろと崩れ落ち、憤怒の表情を浮かべたまま砕け散っていった。
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