倉庫 GC-2

□ある男達の日常
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ローワンの朝は早い。
鳴り響く目覚まし時計を止め、眼鏡を掛けて確認した時刻は午前5時半。
ベッドから這い出しカーテンを開けると、外は朝の淡い光を彼の目に浴びせかけた。
見上げる空に雲はない。西の遠い空に目を凝らしても、雲の残滓すら見当たらない。
ならば今日は快晴だろうと、ローワンはシャワーのついでに洗濯機を回し始めた。
近頃の家電は優秀だ。シャワーを浴びて髪を乾かし終える頃には丁度洗濯が完了する。早く、確実で、手間がかからない。洗濯機様様である。
そんな文明の利器に感謝の意を表しながら、山ほどの衣類を篭に放り込んだローワンはベランダへと出た。
過ぎた時間は30分ほどだが、空にはすっかり日が昇りきっている。
手慣れた手つきで洗濯物を干し、庭の植物に水を遣り、そろそろ時刻は6時過ぎ。
程好い頃合いと判断したローワンは、篭と水差しを片付けて朝食の準備に取りかかった。
今日のメニューはフレンチトーストにソーセージにポテトサラダ。
食欲をそそる香ばしい匂いが広がる頃には、腹を空かせた住人達がのそのそと姿を現し始めた。

「おはようございます、ローワン君」
「あ、おはようございます」

最初に姿を見せたのは、左目が義眼の男。名を嘘界という。
何の職に就いているかは未だ知れない、ローワンの同居人の一人である。

「早いですね。お出掛けですか?」
「ええ、少し」

嘘界は愛用の携帯端末を開き、ソファーにどっかりと腰を落とす。
動作のついでにテレビを点けると、画面には赤々と太陽のマークが無数に浮かび上がった。

『今日の東京の天気は晴れ。気温は高いところで36度にまで上がる予想で、熱中症に十分な警戒が必要です。現在の気温は――』

夏の只中にある東京は、今日も茹だるような暑さになるらしい。

「勘弁してほしいですねぇ」

端末をカチカチと打ち鳴らし、嘘界はさして気にした風でもなく愚痴を零す。
ローワンはそれに適当な相槌を打ちながら、完成した朝食を器に盛り付けエプロンを脱いだ。

「嘘界さん、コーヒーお願いしても構いませんか?私はダリルを起こしてきますので」
「ええ。行ってらっしゃい」
「すみません」

脱いだエプロンを椅子に掛け、ローワンはいそいそともう一人の住人のもとへ向かう。
いい年をして自力で起きてきた例(ためし)のないその住人は、毎日こうして起こされて初めて朝の訪れを知る。
しかし、今日は少し様子が違った。

「ダリルー?」

ローワンがノックもなしに扉を開けると、意外にも住人はパソコンの前でしっかりと目を見開いていた。
画面に映るのはちょろちょろと動き回るキャラクターと、端々で立ち上る火柱。
誰がどう見てもゲームの画面である。

「お前、まさか徹夜して……」
「うるさいな!戦場が僕を寝かせてくれなかったんだよ!」

何やらそれらしい台詞を口にしているものの、やっていることはゲーム。
ローワンは溜め息を吐き、薄暗い部屋のカーテンを開けた。
爽やかな朝日が室内を照らし、ダリルの体内時間に修正をかける。

「ゲームもいいが、そろそろ朝食の時間だ」
「今は無理!」

それでもダリルはパソコンと向き合ったまま、握り締めたコントローラーを離そうとしない。

「無理って……」
「要塞、あと少しで落ちるんだよ!いいから黙って!気が散る!」

ガチャガチャと連打されるコントローラーも、彼の手にかかればAK-48といったところか。
呆れて叱る気にもなれず、ローワンは食い下がることもなく廊下へと引き上げる。

「じゃあ、先に食べておくからな」
「よっしゃ!あと21!」

聞いてすらいないダリルを尻目に、努めて静かに扉を閉める。
その直後、

「NOOOOOOOOOOOO!!!!」

響き渡る嘆きの咆哮に、要塞の攻略が失敗に終わったことを知る。
これでダリルも部屋から出てくるだろう。
沸き上がる安堵を胸に、ローワンは彼の部屋を後にした。


リビングへ戻り、朝食を盆にのせてテーブルへと向かう。
嘘界は相変わらず携帯を弄っているものの、頼んだコーヒーはきちんとテーブルに並んでいた。

「どうでした?」
「大丈夫そうです」
「それはよかった」

目の前に食器が並べられたところで、嘘界はようやく携帯を畳んで顔を上げた。
時刻はまもなく7時。テレビでは星座占いが始まっている。

『次は6位から11位まで!今日の6位は……獅子座のあなた!少し慌ただしい日になりそう。ラッキーアイテムは――』

「くそっ!あと少しだったのに」

乱暴にドアを蹴り開け、ようやくダリルが姿を見せる。

「おはようございます、ダリル君」
「フン」
「こら!ダリル!」

一喝され、ダリルは鬱陶しそうに顔を顰める。

「一々うるさいなあ。オハヨーゴザイマス」
「またお前はそうやって!」
「まあまあ、冷める前に食べてしまいましょう」

早朝から始まる説教を制し、嘘界は二人に着席を促す。
ダリルはそれに嬉々として従い、ローワンも渋々腰を下ろした。

『それでは、今日も元気にいってらっしゃーい!』

星座占いが終わり、時計の長針が天を向く。
三人は各々手を合わせると、並べられた料理に感謝の言葉を唱える。
口いっぱいにパンを頬張れば、変わらぬ朝の味が身体中に染み渡る。
溢れる笑いと、少しの小言と。
今日もまた、日常が始まる。

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