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□好奇心は猫をも殺す
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平家将臣は謎の多い男である。
その素性は勿論、普段の生活でさえ謎に包まれている。
例えばそれは彼の住処。
平屋だと語った彼の言葉は、どこまで信用出来るかもわからない。
これはそんな謎の多い男、平家将臣の話である。


【好奇心は猫をも殺す】


その日、渋谷荘にはいつもと変わりなく修行に汗を流すコードブレイカー達の姿があった。
にゃんまるの着ぐるみを纏うという屈辱と過酷なトレーニング。それらを堪え忍ぶ零と刻は、今日一日の疲れを引き摺りながら一路風呂場へと向かっていた。

「なあ大神君、一番風呂は先輩の俺に譲ってくれヨ」
「何言ってるんですか。此処では俺が先輩ですよ」

馴れ馴れしく肩に手を回す刻に、零は冷やかな笑みを浮かべて切り捨てる。
それも此処では見慣れた光景の一つ。
通り掛かった桜はそれを穏やかな心持ちで見守っていたが、会話の中にはたとあることを思い出した。

「二人共、風呂ならば今は平家先輩が入っておられるぞ」

つい先刻、ふらりと渋谷荘に現れた平家が風呂場に入っていくのを、桜は偶然にも目撃していた。
あれから一度も見掛けていないということは、おそらく彼は未だ風呂の中だ。

「平家が……?」

零は眉を寄せ、風呂場へ続く扉に視線を向けた。
確かに脱衣所の明かりは点いている。中に人がいるのは間違いない。

「オイ、大神君」
「ああ。チャンスだな」

刻と零とは顔を見合わせ、どちらからともなくニヤリと笑った。
そして刻から零の肩から手を離した直後、二人は先を争うように風呂場の戸を抉じ開けた。

「平家!」
「この刻様が背中を流して―――」

これを嫌がらせの好機と見て、二人は湯気の立ち込める浴室へと足を踏み入れた。
だが、

「……え?」

そこにいたのは彼等のよく知る平家ではなく、タオルを胸の位置で押さえ浴槽から上がろうとしている―――女。

「―――ッ!?」

刹那、二人は弾かれたように脱衣所から駆け出すと、壊さんばかりの勢いで力任せに戸を閉めた。

「オイ!あれ誰だよ!」
「俺が知るか!」
「桜チャンは平家だって!」
「だから俺が知るか!」

吹き出す冷や汗を拭い、二人は扉の前であたふたと言い争う。
どうして見知らぬ女が風呂に入っているのか。
此処にいるはずの平家は何処へ消えたのか。
そもそま一体何が起きているのか。
呼吸を整え、刻は声を忍ばせて零に問う。

「……もう一回だけ見てみるか?」

零はそれに僅かに躊躇いを見せたものの、思案した末に首を縦に振った。

そうして二人は意を決し、もう一度脱衣所に足を踏み入れる。
女はまだ浴室の中らしく、脱衣所に人の姿はない。
代わりに丁寧に折り畳まれた学生服が、何故か紐で縛られた篭の中に置かれている。
学生服は見ただけでわかる。間違いなく平家のものだ。
ではやはり、中にいたのは平家だったのか。
だがあれは女だったはず。
学ランを摘まみ上げ、二人は揃って首を捻る。
と、その首に突如、白い腕が蛇のように絡み付いた。

「私としたことが、とんだハプニングです。こんな姿を見られてしまうとは」

耳元で囁かれる声は疑いようもない。ねっとりと絡み付く平家のそれだ。
だが背中に押し当てられるこの柔らかい感触は何だ。

「お仕置きが必要ですね」

絡み付く手は二人の顔面を掴み、容赦なく指に力を入れていく。
もうおしまいだ。刻が心中でそう嘆いたまさにその時、薄く開いたままの風呂場の戸が勢いよく開かれた。

「おいお前等!さっきから何を騒いで――」

戸の向こうに仁王立ちするのは、美麗な顔を凶悪に歪める八王子泪その人。
彼女は手にしたお玉を二人に向けて振り上げ、その背後を見てぴたりと動きを止めた。

「お、ま……え?」

顔面を掴まれた二人の背に、頬をほんのり赤く染めた白髪の美女が伸し掛かっている。
はだけたタオルの隙間からは女の豊満な胸が覗き、濡れて張り付く髪が艶かしく体躯を飾る。

「なん、で、女、誰」
「違う!王子、こいつは!」
「そうだ!よく見ろ!これは女じゃない!」

ぱくぱくと口を開閉する泪に、零と刻は大慌てで弁明を図る。

「見ろよ、こいつの顔!わかるダロ!?」

刻は女の手を引き剥がすと、凄まじい剣幕で泪に詰め寄った。

「こんな眉なし野郎、平家以外に有り得ねぇ!!」

言われ、泪は女の顔を見る。
そこには刻の言う通り、確かに眉がない。

「お前……平家、なのか?」

恐る恐る尋ねる泪に、女はつまらなそうに息を吐いた。

「残念ながら、その通りですよ」

然して女――平家将臣は、その驚くべき姿を皆に晒したのであった。

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