倉庫 汎用

□蛟の喰らう夜
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人気のない夜の森を、要は一人とぼとぼと帰路についていた。
的場が宿をとった旅館まで、この森を抜けるのが一番の近道。それを予め知っていた要は、不甲斐ない自分を責めるように進んで獣道を掻き分けていった。

「俺がもっと強ければ、主様は傍に置いてくれるのかな」

祓い屋一人に怯えるようでは、的場の戦力にはなり得ない。
せいぜい使用人の手伝い程度しかこなせない要は、有事の際何の役にも立てないどころか足手纏いになること請負である。
熱意だけではどうにもならないことを、彼は常日頃から痛いほど実感している。

「もっと頑張らないとな……」

肩を落とし、要は暗い空を見上げた。
木々の間から覗く夜空は、都会では見ることの出来ない星々の輝きに満ちている。
ぼんやりとその明かりを眺めていた彼は、次の瞬間怖気立つような殺気を感じてびくりと肩を震わせた。

「なん、だ……?」

この辺りに住む妖だろうか。
要は身を固くし、息を殺して辺りを見回す。
鬱蒼と繁る草木の中に、それらしい影はない。

「………気のせいか」

先程のこともあり、敏感になり過ぎているのかもしれない。そう結論付け、要は肩の力を抜いた。
こんな風にいつまでも怯えていてはいけない。自分を戒め、背筋を伸ばして一歩を踏み出す。
それが失敗だった。

「なっ!?」

踏み出した足に紐のようなものが絡み、要はたちまち地面に引き倒された。
咄嗟に出した手も絡め取られ、後頭部から地面に叩き付けられる。

「また会いましたね」

頭上から聞こえるのは、忘れもしないあの男の声。

「あ……ああ……」

視界に写り込むその姿に、要はただ震えるしかない。

「田沼君、でしたっけ」

見下ろす三上は目を細め、口の端を吊り上げて笑った。

「楽しいこと、しませんか?」





宴も酣(たけなわ)となった頃、的場と名取は窓辺で酒を傾けながら人の波を眺めていた。
あれから三上は一度も会場に姿を見せず、試しに放った式からも行方は知れず仕舞いだった。
案外的場に害意などなく、ごく普通の祓い屋であるのかもしれない。名取は心のどこかでそんなことを思いながら、手にした盃を緩く傾けた。
と、不意にその視界に意外なものが写り込んだ。
窓の外、森の入り口の辺りに、帰らせたはずの要の姿がある。彼はふらふらとその場をうろつきながら、時折腹を押さえて踞った。
その不自然な動きに首を捻り、名取は的場に声をかける。

「あれ、田沼君じゃないのかい?」

言われ、的場も窓の外を見る。

「……ええ。あれは要ですね」
「何をしているんだ?」
「さあ?何でも構いませんが、あれは私の言い付けを破ったようですね」

そろそろ宿に帰りついてもいい時間帯。そろでも尚近くにいるということは、的場の命令に背いたということ。

「お仕置きが必要だ」

的場は楽し気にそう呟くと、踵を返して歩き出した。

「迎えに行くのかい?」
「躾に行くんですよ。あなたも来ますか、名取?」

誘われ、名取は逡巡の後に頷く。
的場はそれを満足げに見届けると、彼を伴って会場の外へと出ていった。

 
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