倉庫 汎用

□蛟の喰らう夜
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「田沼君!」

遠くから自分の名を呼ばれ、要はゆっくりと顔を上げた。

「どうかしたのかい?こんなところをうろついて」

街灯のある小路から要のいる森の中まで、名取が心配そうな顔で近付いてくる。
その後ろには番傘を差した的場が、口許に微かな嘲笑を浮かべて歩いている。
要はその姿を認めると、手前の名取を意にも介さず真っ直ぐに的場の方へ歩き出した。

「田沼君?」

足取りは力なく、まるで見えない何かに無理矢理背を押されているようだ。
訝る名取に対し、的場は何も言わずにじっと要を見据える。
要はその前に立つと、どん、と勢いよく的場の胸に倒れかかった。
的場は勢いに堪えきれず、要諸共地面に倒れ込む。
番傘が手から零れ落ち、ぽんと跳ねながら地面を転がる。

「要?」

的場が声をかけると、要は彼の胸に手をつき体を起こした。そのまま馬乗りになり、的場の頬に両手を寄せる。

「大丈夫かい?」

気遣わしげに名取が声をかけた直後、

「っ!?」

要は的場の首を掴み、力任せに締め上げた。

「田沼君!!」

名取が血相を変え、慌てて要の肩を掴む。
的場も咄嗟に要の横っ面を殴り飛ばし、怯んだ体を思いきり蹴り飛ばした。

「まったく、とんだ、馬鹿力、ですね」

空咳を繰り返し、的場は番傘を拾って立ち上がる。その首にはくっきりと、真っ赤な手形が浮かんでいる。

「これは一体……」

飛ばされた要はすぐにゆらりと体を起こし、虚ろな目で的場を見遣った。
その要の背後から、暗闇を掻き分けて人影が姿を現す。

「何の躊躇いもなく殴り飛ばすとは、さすが的場の頭首だ」

やはりと言うべきが、そこに立つのは件(くだん)の男・三上。

「三上さん、あなた……」

名取が低く唸り、彼の回りを柊、笹後、瓜姫が守るように固める。

「そう怒らないでくださいよ。身から出た錆じゃないですか」

三上は口許に拳を当てて笑い、番傘を杖にして立つ的場を見た。

「私は代行屋です。的場の頭首に大事な式を殺された祓い屋、守り神を殺された一般人。その復讐をビジネスとして請け負っているに過ぎません」
「ほう。そんな愉快な職業もあったのですか」

自分の狩りから新たな仕事が生まれたことに、的場は純粋に感心する。
世の中とは実に上手く回っているものだ。

「それで?どうやって復讐すると?」

率直に問う的場に、三上はまず要を見た。
意思を失った要の瞳は、照準を定めるが如く的場を見据えたまま動かない。
主様と慕い懐くあの笑顔は、今や何処かへ消え果てている。
三上は人形と化した要の頭を撫で、下卑た笑みを浮かべて言った。

「私は人の式を掠め取るのが大好きなんです。田沼君と言いましたか。あの子は良い。主を傷付けたくないと、私に屈する直前まで泣き叫んで抵抗していましたよ」

外道。名取がそう小さく吐き捨てる。
それすら誉め言葉だと、三上は余裕の笑みを浮かべた。

「他人の式を殺したあなただ。自分の式に殺されるのがお似合いというもの」

要は未だ視線を外さず、直立したまま的場だけを見ている。
三上はその背を軽く押し、耳元にそっと囁いた。

「行きなさい」

 
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