倉庫 GC-2

□六ノ刻 海
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『若い男に地図を貰った。この屋敷の地図のようだ。私には無用の長物だが、彼の役には立つかもしれない。問題はどうやってこれを彼に届けるかだが、』

文章はそこで途切れている。
その次のページは、また別の時点で書かれたものだった。

『母子に出会った。彼女達が鍵を用意してくれるという。私達とは違い、彼は鍵がなければ先に進めないのだそうだ。彼女達は彼のような人間を多く見てきたようで、娘は彼へ渡す役目を快く引き受けてくれた。これで彼も、無事に還ることが出来るだろう』

母子という単語に、ダリルは覚えがあった。
娘の方はまさに、彼に地図の入った端末と鍵をくれた人物。
帳面の持ち主の言う“彼”は、これらを手に入れて還ったのだろうか。
そもそもここにある“還る”とは、一体何処へ還るのだろう。
続くページは数枚が抜け落ち、その後には随分と様子の変わった走り書きが残されていた。

『還らない。どうして。邪魔されているのか。わからない。追い掛けてくる。追い付かれてはいけない。海へ行かなければ』

これまでとは打って変わり、文章から感情の吐露へと内容が変化している。
主語も目的語もなく、何の説明にもなっていない。
最初に記されていたように記憶がはっきりしなくなっていったのか、もしくはまともに書き留めていられないほど動揺していたのか。
理由を探るべくまたページを捲ったダリルだったが、

『海』

その文字を最後に、帳面の記録はぱったりと途絶えていた。

「海……」

ダリルは帳面から端末に視線を移動させ、地図の中に海を探した。
1階、2階、3階、そして地下。
全てを隅々と調べたものの何処にもそれらしい場所はなく、海という文字の入った部屋すらも見当たらなかった。

「地図にない場所があるってわけ?それとも……そもそもここじゃないとか……」

前者ならば探す価値はあるだろうが、後者ならばこの帳面に価値はない。
ダリルは首を傾げながら、灯籠の流れる川を見下ろした。

「……これが川なら、海に続いてるのかな」

水の循環から考えて、この川が海に続いている可能性は高い。
問題はどれほどの距離を行けば海に出るかだが、時間に追われているわけでもない今ならば、多少の距離も問題にはならない。
どうせ行く宛もない身だ。行けるところまで行けばいい。
ダリルは帳面を祠に戻すと、再びゆっくりと歩き始めた。
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