倉庫 GC-2

□母親の肖像
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天王洲学園への潜入を目前にしたその日、アンチボディズは大わらわだった。

「ハンカチは持ったか?ああ!ネクタイ曲がってるじゃないか!」
「ちょっ!触るなよ!自分でできるって!」

慣れない学生服に袖を通したダリルに、甲斐甲斐しく世話を焼くのはローワン。
普段手の付けられない問題児も、こうして見れば手のかかる子供に過ぎない。
それを遠巻きに眺めながら、外野の兵士達はやいのやいのと茶々を入れる。

「遠足前の母親と子供を見てるみたいだな」
「父親って柄じゃないですもんね」
「一緒に潜入してあげたらどうですか、お母さん?」
「バカ、大尉に失礼だろ。ブフッ」
「お前、笑ってんじゃねーよ」
「だって、お母さんって、ふひっ」

下らない冗談を交わしながら、どっと外野が湧き上がる。

「誰がお母さんだ、馬鹿者」

ローワンはダリルのネクタイを整えながら一同を咎めるが、その声には苦笑が混じっている。
決して腹を立ててはいないのだと、誰もが諒解していた。

「遊んでいる暇があったらキャノピーでも磨いていろ。上官で遊ぶんじゃない」
「ママのケチー」
「ママの意地悪ー」
「依怙贔屓ー」
「眼鏡割れろー」

間延びした声で捨て台詞を吐き、兵士達はケラケラ笑いながら去っていく。
ローワンもそれを笑いながら見送り、ふっと息を吐いてダリルに向き直った。

「さて、まだ出発まで時間があるが――」

そこで初めて、ローワンはダリルが妙な顔をしていることに気が付いた。

「少尉?」

何か思い詰めたような顔をするダリルに、ローワンは何気なく手を伸ばす。と――

「触ッ」

バチン、と痛々しい音を響かせ、ダリルはローワンの手を弾き飛ばした。

「る、な」

ローワンは驚いて瞠目するが、それはダリルも同じ。
ダリルはたちまち「しまった」という顔をし、弾いた手をゆっくりと下ろした。

「…………」
「…………」

二人の間に沈黙が流れる。
物音を聞いて引き返してきた兵士達も、声を掛けることが出来ずに事態を見守っている。
そんな中、先に動いたのはダリルだった。
彼はローワンに背を向けると、次の瞬間、脱兎のごとく駆け出した。

「あ、おい!!」

ローワンが止める間もなく、彼は廊下の兵士達を押し退けて走り去る。

「……ダリル?」

一同はその様を、唖然として見ていることしか出来なかった。
 
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