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□目を背けてはいけません
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人気のない夕暮れのコートで、緑間はシュートを撃っていた。
ゴール下の高尾がパスを出し、緑間がシュートを決め、拾った高尾がまたパスを出す。
聞こえるのはドリブルの音と、高尾の「ナイッシュー!」の一言だけ。
緑間のシュートは以前と微塵も変わりなく、きれいな弧を描いてゴールネットへ吸い込まれる。
それを何十回繰り返すうちに、陽は家々の谷間に沈んでいった。

「さっすが真ちゃん。ぜんぜん忘れてないじゃん」
「当たり前なのだよ」

半年近くのブランクを感じさせないほど、緑間のシュートは変わらず完璧だ。
高尾はそれを満足げに眺め、ようやくパスを出す腕を止めた。

「ねえ真ちゃん、バスケ好き?」

両手で大事そうにボールを抱え、高尾は緑間のもとへ歩き出す。

「好き嫌いでやってきたわけではないのだよ」

緑間もまた、高尾のもとへと歩み寄る。

「そっか」

二人は手の届く距離にまで近付くと、どちらともなく歩みを止めた。
高尾はバスケットボールに視線を落とし、緑間は高尾の旋毛に視線を落とす。
高尾の体ははじめより薄くなり、気付けば今にも掻き消えてしまいそうなほど透き通っていた。
もう時間がないのだろう。
おそらくこの会話が、二人の最後の時間となる。
それを理解し、緑間はきつく唇を噛み締めた。
今この瞬間、二度と会うことの敵わない相棒に、どれだけの言葉が伝えられるだろう。
否、きっと何も言わずとも、高尾なら緑間の気持ちを汲み取ってしまうのだろう。
それでも緑間は言わねばならなかった。
死して尚我が身を案じてくれた最高の相棒に、彼なりの言葉を尽くして。

「――だが」

緑間の言葉に、高尾が伏せていた顔を上げる。
間抜けな顔だ。緑間は心の内で笑った。

「お前とやるバスケは、嫌いではなかったのだよ」

その言葉に高尾は一瞬呆然とし、次の瞬間、泣きそうな顔で笑った。

「俺も、楽しかった」

高尾の腕をすり抜け、ボールがトンと地面に落ちる。
落ちたボールは二、三度跳ね、やがて緑間の足元で動きを止めた。
緑間はその場にしゃがみこむと、ボールを拾って腰を上げた。
顔を上げれば、そこにもう高尾の姿はない。
誰もいなくなったコートの中で、最後にもう一度、緑間はシュートを放った。

「……………」

ボールは吸い込まれるように、ゴールの中へと沈んでいった。
 
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