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□目を背けてはいけません
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「真ちゃん、雪だよ雪!超綺麗!」

高尾和成がそうはしゃいだ12月の末日、関東は今年二度目の雪を観測していた。

「わかったから、ベッドを叩くのをやめるのだよ!」
「でもマジ綺麗なんだって!これ積もるんじゃね?あー、雪合戦とか出来たらいいのにな」

これが去年であったなら、高尾は無理矢理にでも緑間を連れ出し雪合戦を楽しんだのかもしれない。
だが今の彼等には、それは敵わないことだ。
高校二年生の夏、インターハイが終わって一月も経たないある日、緑間の目は光を失った。
原因は不明。おそらく心因性であろうとの見立てではあったが、肝心の要因が緑間には全く思い当たらなかった。

光を失ったその日、緑間自身はいつもと何ら変わりなかったと記憶している。
常のように部活に精を出し、欠かさず行うシュート練習も、高尾とのパス練習も、何も異変はなかったはずだった。
けれどその夜にはもう、緑間の目は世界を映していなかった。
視力を自ら封じるほどの苦行など、思い当たる節が一つもない。
故に今も緑間の目は、世界の一片すら映してはいなかった。

「ねえ真ちゃん、まだ俺の顔見る気にならないの?」
「お前の顔を見て何になる?カラーバーを眺めている方がずっと有意義なのだよ」
「ひっでえ!」

高尾は大袈裟なリアクションを返し、すぐにゲラゲラと笑い声をあげる。
目が見えなくなっても、高尾の笑い転げる様は瞼の裏に容易に浮かぶ。
だからだろうか。緑間は現状にあまり不満を持っておらず、光を取り戻したいという願望すら抱いていなかった。
あれだけ打ち込んでいたバスケも、今は不思議とやりたいとは思わない。
明らかに異常だとわかっていながら、緑間自身、それをどうこうしようという気持ちを持ち合わせていなかった。

「そういやさあ、この間公園で黒子と火神見かけたんだよ。二人共、緑間のこと待ってるって言ってたぜ」
「余計なお世話なのだよ。待ってくれと頼んだわけではない」
「でもさ、俺も真ちゃんにまたバスケやってほしいな」

あの美しいシュートがもう一度見たいのだと、高尾はいつも緑間に請う。
もう一度だけでいいから。そう何度も繰り返した。
それでも緑間は、高尾の願いを叶えてやろうとは思わなかった。
叶えてはいけないような、そんな気がした。

「じゃあな、真ちゃん。早く治してバスケしようぜ」

今日も日々は変わることなく、高尾は手を振り去っていく。
その音を聞き届け、緑間は見えない目をゆっくりと閉じた。
 
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