倉庫 GC-2

□こっちへおいで
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廊下でローワンと別れ、ダリルは一人、部屋に戻った。
癖で電気をつけようとするが、勿論点くはずもない。
月も星も非常灯もない室内は、自分の指先も見えないほどの闇に満ち満ちていた。
時折何かの倒れる音が聞こえ、バタバタと走る足音が廊下を通り過ぎる。
そんな騒がしい外とは対照的に、部屋の中は恐ろしく静かだ。

「……っ」

真っ暗闇に響く、遠く低く風の唸る音。
ダリルは決して認めないだろうが、その時確かに彼は怯えていた。
蕩々と広がる闇と、独りであるという当然の事実に。
その現実から逃れようと、ダリルは一度部屋から出て廊下へと戻った。
あれだけ騒がしかった廊下は、今は人の姿もなくしんと静まり返っている。
足跡の残るリノリウムの床には、非常灯の淡い緑だけが反射して輝いていた。
とりあえずここならば少しは辺りが見える。
僅かな安堵を胸に、ダリルは冷たい床へと腰を落とした。

「ふぅ……」

じっとりと汗ばむ肌に、冷気は心地よく染み渡る。
ダリルはふっと息を吐き、気を落ち着かせるように目を閉じた。
瞼の裏に広がる闇は、同じ黒でも恐ろしくはない。
熱気を孕む空気を吸い、ゆっくりと吐き出す。
心臓の音が静まっていく。
その時だった。
ガシャンとけたたましい音を立てて、廊下の窓が一枚割れた。
幸い硝子片を浴びるような惨事は免れたが、吹き込んだ雨と風は容赦なく廊下へと侵入する。

「くそっ!ふざけるなよ!」

流石にこんな場所にはいられない。
慌てて階段へ逃げ込もうとすれば、見計らったように非常灯が弾けて消えた。
何が原因で消えたのか。そんなこともわからない暗闇が広がった。
右も左もわからない。あるのは荒れ狂う風雨の音と、激しく脈打つ心臓の動きだけ。
訓練された軍人であるはずのダリルは、信じられないほどの動揺を自覚していた。

「……っ」

吹き込む雨に打たれ、ダリルの体はぐっしょりと濡れる。
千切れた木の葉が廊下に飛び込み、彼の頬を叩いて落ちる。
ぱしゃりと何かが床で跳ね、少しずつ近付いてくる。
そして――

「おい、何を――」
「うわあああああああああ!!!」

ぽん、と肩に何かが乗り、ダリルは生娘のような絶叫を迸らせた。
だがすぐに気付く。

「……急に叫ばないでくれ。耳が、」
「っ!!……なんだ、アンタか」

肩に乗ったのは人の手。
その手の主は他でもない、先ほどまで共にいたローワンだ。
先ほどの騒音を耳にし、わざわざ廊下に出てきたらしい。

「とりあえず部屋に戻るんだ。鍵は?」
「開いてるけど……」
「じゃあ戻って。こんな場所にいるものじゃない」

ダリルはぐいぐいと手を引かれ、もと居た部屋へと連れ込まれる。
いつもなら振りほどいて詰り飛ばすはずの彼は、そのときだけは大人しく従った。
 
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