倉庫 GC-2

□甘菓子のメモリー
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軍事施設を民間人に一人で歩かせるわけにもいかず、ローワンは昼休みを切り上げて甘楽の案内を引き受けた。
男ははじめこそ物珍しそうに辺りを見回していたが、通路を歩く軍人の数が増えるにつれ、真っ直ぐにローワンの背中を見つめて歩いた。
じっと背中を見られるのは存外居心地の悪いものである。
何か気を紛らす話題がないかと考え始めた頃、不意に背後で甘楽が口を開いた。

「軍人さんは大変ですねぇ」
「はい?」

何のことかと振り返ると、甘楽はローワンの左手を指して言った。

「その手、お仕事で?」

指された手を見て、ああこの事かと納得する。

「先の六本木フォートの一件で、少し」

見た目こそ痛々しく包帯の巻かれた左手は、あの六本木フォートの騒動で負ったものだ。
何が原因だったかは知れないが、気付けば鋭利な何かでざっくりと切れていた。
幸い縫うには至らなかったが、今も手を動かせば痛みが走る。
それでもこの程度の傷、彼は気にしてもいなかった。

「自分は技術屋ですから、このくらい、前線の兵士に比べれば大したことはありませんよ」

あの日に死んだ仲間達に比べれば、自分は随分と幸運な男だ。少なくともローワンはそう思う。
敵に囚われてなお五体満足に生還できたのだから、これを幸運と言わずして何と言おう。
けれど甘楽はあまり感心しない様子で、何か憐れなものを見るような顔でローワンを見返していた。

「好きじゃないなあ、そういうの」
「?」

彼の真意は、ローワンにはわからなかった。


それきり会話らしい会話もなく、二人は嘘界のいるサーバルームの前に到着した。

「少佐、お連れしました」

薄暗い室内では、椅子に腰かけた嘘界が明滅するモニターを眺めている。
中には外部の者に見せられない情報が写し出されてもいたが、嘘界はそれを隠そうともせず、腰を上げて二人を顧みた。

「初めまして、あなたが甘楽さんですか」
「どうも。女の子じゃなくてすみません」
「いいえ、とんでもない」

最初の会話は刺々しいものだった。狡猾な蛇の睨み合いのようだ。
固唾を飲むローワンの横で、甘楽は不敵な笑みを浮かべている。
嘘界は真っ直ぐに二人のもとへ歩み寄ると、じろりと甘楽に視線を向けた。

「お願いした物は持ってきて頂けましたか?」
「勿論」

甘楽は頷き、上着のポケットからちらりと黒い棒状の物を覗き見せた。
見たところメモリースティックのようだが、一瞬のことで判然としない。
ローワンが不審そうにポケットを見ていると、不意に嘘界が彼の名を呼んだ。

「ローワン君」
「はっ」

反射的に姿勢を正し、慌てて嘘界に向き直る。
その視線を正面から捉え、嘘界は愉しそうな表情でローワンに告げた。

「席を外してもらえますか?」
 
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