倉庫 GC-2
□甘菓子のメモリー
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「だーかーら、甘楽は俺だって何度言えばわかってもらえるのかなあ」
「申し訳ありませんが、規則ですので……」
昼休みの真っ只中、喧騒に包まれたロビーを歩いていたローワンの耳に届いたのはそんな声だった。
声のする方へ視線を遣れば、受付で日本人男性が大袈裟に頭を抱えているのが見えた。
対する受付嬢は美麗な顔に困惑の色を浮かべ、警備員でも探しているのかちらちらと辺りに視線を飛ばしていた。
また厄介な客に絡まれたものだ。
他人事のように騒動を眺めていたローワンだったが、視線を外そうとしたまさにその時、受付嬢が彼の方を向いた。
その顔に浮かんだ微かな光に、しまったと顔が引き攣る。
「大尉!ローワン大尉!」
逃げ出す前に名前を呼ばれ、ローワンは仕方なく受付に進路を変更した。
「何か問題でも?」
軽く帽子を下げて尋ねると、受付嬢は男を指して眉尻を下げた。
「お引き留めして申し訳ありません。こちらのお客様が、嘘界少佐にお会いしたいとのことで……」
成程、ならば自分が引き留められたのも仕方ない。ローワンは無理矢理自分を納得させ、見知らぬ男の方へと向き直った。
「失礼ですが、お名前をお聞きしても?」
すると男はローワンを見上げ、人の良さそうな笑みを浮かべた。
「ああ、甘楽です。カ、ン、ラ」
外国人のローワンにもわかるよう、男は一音一音はっきりと発音して確認をとる。
けれど生憎、ローワンはカンラという名前を一度たりとも嘘界の口から聞いたことがなかった。
「アポイントメントは――」
「甘楽様でしたら、お通しするように言われているのですが……」
ローワンの言葉を制し、受付嬢が口を挟む。
「だったら通して問題ないだろう?」
「それが……甘楽様は女性だとお聞きしていたもので」
ここでようやく話が繋がった。
アポイントメントをとった人間と、実際訪問した人間が違うのだ。
おそらく甘楽という名前も、本名というわけではないのだろう。
ローワンはどうしたものかと思案した後、最も真っ当であろうと思われる結論を導き出した。
「少々お待ち頂けますか。嘘界に確認して参ります」
「はーい。お願いします」
受付の中に回り込み、電話を借りて内線を繋ぐ。2コールで電話に出た嘘界の返事は、思いの外あっさりとしたものだった。
『構いません。お連れして下さい』
嘘界はその一言を告げると、ローワンの返答も聞かずに通話を切った。
何か腑に落ちなかったが、本人が良いと言うのだから仕方ない。ローワンは受話器を置くと、受付から出て男の前に立った。
「お待たせしました。確認がとれましたので、ご案内致します」
甘楽はにっこりと笑い、宜しくお願いしますと一礼を返した。