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□願わくは
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「本当は、贖罪のつもりだったのかも知れないな」
「……贖罪、ですか?」
「話しただろう。私達がかつて殺した仲間のこと」
それは彼が未だカルルスタインで訓練を受けていた頃。チームの中にいた王党派の友達を、彼等は秘密裏に殺害した。
皆が生き残るため、それは必要な犠牲だった。
「引き金を引いたのはエルエルフだった。私はその時、目を背けることしかできなかった。友達を生かすだけの力も、自らの手で殺す覚悟もなく、仕方のないことだと自分に言い訳をして犠牲を受け入れただけだった」
凛とした声で語るアードライの横顔は、サキの目から見ても酷く痛々しげに映った。
(後悔してるんだ、今も)
『殺されるなら殺せ』エルエルフが刻んだというあの言葉が蘇る。
「何処までも身勝手だな。私は君を助けることで、あの日死なせた友達を助けた気になりたかったんだ」
殺すことでしか生き残る術を得られなかった彼等。それでもアードライは死なせたくなかったのだろう。
アードライだけではない。引き金を引けなかった他の皆も、或いは引き金を引いたエルエルフですらも。
それ故に、あの言葉はひっそりとあの場所に遺されたはずなのだから。
「優しいんですね」
サキがぽつりと呟くと、アードライは一瞬虚をつかれたような顔をして、次の瞬間、刻まれたあの言葉を見付けたときのように腹の底から笑い声をあげた。
「そんなことを言ったのは君が初めてだ、カーツベルフ」
左手で前髪を掻き上げ、彼は心底面白そうに笑った。
何がツボに嵌まったのか、目尻に涙まで浮かべている。
「あの……」
「ああ、すまない。君を笑っているわけじゃないんだ。気にしないでくれ」
やがてようやく笑い終えた彼は、また真っ直ぐに前を見据えてハンドルを握った。
その表情は真剣そのもの。ふざけた空気はもはや存在しない。
「エルエルフは私とは違う。あれは容赦のない男だ」
「大尉の友達を殺した人、ですか」
「ああ。アイツは迷いなく引き金を引く。敵も味方もない。障害となるものは友でも撃てる。油断するなよ、カーツベルフ」
身を案じるアードライの言葉に、サキはちくりと胸が痛むのを感じた。
今また傍らに裏切り者が居ると知ったら、彼は一体どうするだろう。
かつてエルエルフがそうしたように、今度こそ自分の手で引き金を引くのだろうか。
耳に纏わり付くあの言葉に蓋をして、サキもまた、真っ直ぐに前を見据えた。
「生還は、兵士にとって最も重要なこと――でしたね」
「そうだ。肝に命じておけ」
カミツキは死なない。
彼が何度引き金を引こうと、サキが命を落とすことはない。
それでも彼がその度に、あの後悔の表情を浮かべるのだとすれば――
「ブリッツゥンデーゲン!」
願わくは、彼が引き金を引くことのないように。
叶わぬことと知りながら、彼女は密かに天に祈った。