倉庫 汎用

□願わくは
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一面を覆う夜の闇に、頬を打つ冷たい風。
サイドカーに深く腰掛けながら、流木野サキは少年の容貌を微かに歪めた。

「…………」

彼女がカルルスタインの少年兵をジャックしてドルシア軍に潜入したまでは良かったものの、その後エルエルフの作戦は大きく変更を余儀なくされた。
サキは未だ敵陣の只中に取り残され、仲間と連絡を取ることも敵わないでいる。
ハルト達はどうしているだろうか。
アキラは上手く帰還出来ただろうか。
学園の皆は無事に新たな足を手に入れられただろうか。
考えたところで手に入る情報はなく、無事を確認することも出来ない。
サキは内心で悪態をつきながら、傍らに在る男の横顔を睨め付けた。
今作戦失敗の大きな要因であろうアードライというこの軍人は、何故だか今もサキを側に置いて行動している。
サキがジャックしている少年――カーツベルフというらしい――とアードライとは、僅か数時間前に出会しただけの全くの初対面であるらしいのだが、彼はこの少年を色々と気に掛け、世話を焼いてくれている。
元来人が好いのか、或いはこの少年を気に入っただけなのか。崩落に巻き込まれた時など、彼は身を挺して少年の命を繋ごうとした。
その結果として自身の腕を負傷しても、彼が少年を責めることはない。
彼はエルエルフと旧知の仲だというが、サキには二人があまりに違うもののように感じられた。

(これじゃあ、どっちが悪人かわかったものじゃないわね)

サキは心の内で苦笑し、風にはためくアードライの白服に目を遣った。
救助された折に着替えたのか、そこには先刻までの血も泥も付着していない。
あるのは目に痛いほどの高潔な白。
それが酷く現実味のないもののように思われて、サキは彼の存在を確かめるかのように、その横顔に声を掛けた。

「大尉」
「ん?どうした、カーツベルフ」

アードライは真っ直ぐに前を見据えたまま、けれど確かに言葉を返す。
そんな当たり前の反応に安堵し、サキは続けて彼に尋ねた。

「どうして大尉は私を助けて下さったのですか?」

場を持たせる為という意味合いもあったが、これは純粋な疑問でもあった。
サキのジャックしたカーツベルフ少年は、恐らく未だ訓練兵だ。優れた身体能力を持ち合わせた将来有望な兵ではあっても、士官であるアードライに庇われて良いような身分ではないだろう。
そしてアードライも、反射的に子供を庇うほど善良で真摯なだけの人間ではないはずだ。戦場で咄嗟にそんな真似をする人間ならば、彼はここまで生き残っているはずがない。
では何故自分は彼に助けられたのか。そう訊いたつもりだったのだが、

「なんだ、未だ“これ”のことを気にしているのか」

見当違いなことを言いながら、アードライは右肘を軽く持ち上げた。

「言っただろう?気にするなと」
「しかし――」

聞きたいのはそんなことではない。
そう言おうとした矢先、彼は僅かに声色を変えて言葉を続けた。
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