倉庫 汎用

□殺せなかった女の話
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クラスの中に派閥争いがあるように、軍隊の中にも権力闘争というものがある。
ドルシア軍もそれは変わりないようで、陸軍の軍用艦に収容されたアードライとサキは、そのまま空いている倉庫のような部屋に放り込まれた。
月軌道軍に所属するアードライはこの艦の中では邪魔者でしかないらしく、その扱いからは隠しようもない悪意が滲み出ていた。
彼等をこの部屋へ押しやった軍人は「拾ってやっただけ有り難く思え」と言わんばかりの表情を浮かべていた。
そんな陸軍が二人に与えた情けといえば、水と救急箱と替えの軍服に携帯食料が2つ。手渡されるどころか投げ込まれたそれを、サキは薄暗い部屋の中で一つ一つ拾い集めていった。

「カーツベルフ」

全てを一ヶ所に集めた頃、不意にアードライがサキを呼んだ。厳密に言えば、サキがジャックしたカルルスタインの少年兵カーツベルフをである。
すっかりその名で呼ばれることにも馴れたサキがアードライの方を顧みると、彼は負傷した右腕を押さえて壁沿いに腰を下ろしていた。

「すまないが、包帯を取って貰えるか。今のうちに手当てをしておきたい」
「あ、はい」

暗がりで判然としないが、心なしか辛そうな顔をしているように見える。
軍人としてのプライドからか気丈に振る舞ってはいるが、如何せん傷が痛むようだ。
サキは救急箱の中から包帯と消毒液を引っ張り出すと、いそいそとアードライのもとへ駆け寄った。

「どうぞ」
「ああ。ありがとう」

アードライは血と砂で汚れた軍服を脱ぎ、その布地で乱雑に傷口の血を拭う。
幸い出血は既に止まっているようで、新しく血が溢れる気配はない。
それを確認すると、彼は左手で包帯を受け取り、先を右の脇に挟んでぐるぐると腕に巻き付け始めた。
流石に包帯の扱いは手馴れたものである。
彼は器用に右腕を包帯で覆い、ものの数分で手当てを終えた。

「君の方は、怪我はないか?」
「問題ありません」
「そうか」

気付けば息を止めてしまっていたようで、サキは思い出したかのようにほうっと息を吐いてアードライの隣に腰を下ろした。

「……これからどうされるんですか、大尉」

アードライは両足を投げ出し、目を閉じて天を仰いだ。

「さて、どうしたものだろうな。迎えが来るまでこうしていても構わないが……あまり歓迎もされていないようだ」

至近距離で見た横顔に、玉のような汗が浮かんでいる。
それらは重力に従って頬を伝い、顎からぽたりと服の上に落ちていく。
救助される前は痛みすら感じさせなかった彼にしては、酷く辛そうな表情だ。
傷はそれほど深くなかったはずだが、一体どうしたことだろう。
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