倉庫 汎用

□殺せなかった男の話
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「動くな!」
「!!」

サキは言われるまでもなく、アードライを見て動きを止めた。

「今、何をした」

ちらりとカプセルに目を遣れば、カーツベルフが蓋を叩いて何かを叫んでいる。
すぐに助けてやりたいところだが、今はサキを拘束することが先だ。
再びサキに目を向けると、彼女は酷く動揺した様子でアードライを見詰めていた。
仲間を呼ぶ様子はなく、この事態は完全に予想外だったようだ。
互いに不足の事態ならば、今は武装したアードライの方が有利。

「貴様はヴァルヴレイヴのパイロット、流木野サキだな。聞きたいことがありすぎる」

銃口を向けたまま、アードライは一歩サキに近付いた。

「まず一つ、カーツベルフに何をした」
「…………」

サキは答えず、詰められた一歩分、後ろへと距離をとる。

「エルエルフは――他の者達は何処へ行った」
「…………」
「何故貴様はここに残された」
「…………」
「ヴァルヴレイヴといったか。あれは何だ。何故中立であったはずのジオールがあんなものを持っている」
「…………」

一歩、また一歩。詰められた分だけ後退したサキの背が、ついに壁に接触する。
もはや退路は何処にもない。

「答えない、か。ならば投降しろ、流木野サキ。もうじき我々の仲間が到着する。貴様に逃げる術などない」

彼女の敗北は明らか。しかしその目に絶望はなかった。

「バカじゃないの?投降してどうなるって言うのよ」

曇りのない瞳でアードライを見据え、歌声を紡ぐための唇を引き結び、サキはきつく拳を握った。
そして彼女な壁から背を離すと、次の瞬間、弾かれたよう走り出した。
退くのではなく、前へ。
向けられた銃口に怯むことなく、彼女はアードライの方へと全力で突っ込んでいく。

「ッ!!」

彼女が目指すのは、彼の背後にある出口。
銃の射程から外れた彼女に、アードライは咄嗟に足払いをかけた。
訓練されたその動きに、素人であるサキは容易く躓き転倒する。
アードライはその背に馬乗りになると、彼女の右腕を後ろ手に拘束し、こめかみに銃口を押し当てた。

「投降しろ。さもなくばここで殺す!」

最後の警告にも、彼女は頷かなかった。

「殺せばいいわ。それがあなた達の遣り方なら」

やれるものならやってみろ。彼女はそう挑発した。
しかし言葉とは裏腹に、彼女の体は小刻みに震えていた。

(プライドの高い女だ)

どんなに気丈に振る舞ってみせても、所詮彼女はただの学生だ。
幼い頃から兵士として訓練を受けてきた彼とは違う。

(憐れだな)

アードライは微かに眉を寄せ、次の瞬間、彼女のこめかみを銃創で殴り付けた。

「ぁ゙ッ!!」

彼女は小さく悲鳴をあげ、冷たいリノリウムの床に横たわる。
力を失い弛緩したその体を見下ろし、アードライはゆっくりと彼女の上から退いた。

「…………」

四肢を投げ出し倒れ伏す姿は本当にただの女で、とてもあの兵器を乗りこなす人間には見えない。
否、実際彼女はただの女の子だったのだ。
ドルシアに学園を襲撃される、その時までは。
その身にこれから降りか掛かるであろう未来を予見し、彼は僅かに良心が痛むのを感じた。

「殺されるなら殺せ、か」

友の言葉を思い出し、アードライは己自身を嘲るように笑う。

「殺してやれたらどんなに救われただろうな」

これから先、彼女に待っているのは真っ当な結末ではない。
尋問され、人質にされ、国に見捨てられ処刑される。
彼女の言った通りだ。投降してどうなるわけでもない。ただ、より悲惨な最期があるだけのこと。
それならいっそ、ここで殺してやるのが彼女の救いというもの。
そしてそれが敵わないのも、当たり前のことだ。

「憐れだな」

もう一度、今度ははっきりとその言葉を口にして、彼は握り締めた銃を手離した。

「それでも、私は――」

からんと音をたてながら、銃は冷たい床を転がった。
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