倉庫 汎用

□殺せなかった男の話
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奪われた輸送艦の中に、ジオールの学生の姿はなかった。
操縦席にも、そこに至る道にも、人の姿はおろか気配すら感じられなかった。
その旨を本隊へ報告すると、カインからは次の移動手段を手に入れたとのだろうとの答えが返された。
確かに、そう考えればこの状況にも説明がつく。犯人が盗んだ車を乗り捨てることなど、そう珍しいことでもない。
ともすれば、ここで時間を食っている暇はない。早々に本隊に帰還し、自身も出撃する必要がある。
アードライは無人の操縦席を後にし、カーツベルフを呼び戻すべく格納庫へと駆け出した。
いくら無人とはいえ、盗んだ相手はあのエルエルフ。彼ならばただで艦を乗り捨てたとは考え難い。
万一のトラップに備え、アードライは急ぎながらも慎重に先へと進む。道中敵と出会してもいいよう、銃の引き金には常に指をかけて。
そうして壁伝いに進んでいくと、特に障害もなく格納庫へと到着した。
中にはシートの掛けられた巨大な何かが幾つか鎮座し、捲ってみろと言わんばかりにアードライを出迎えた。

「……トラップか」

いかにもヴァルヴレイヴを思わせるその巨体は、おそらくエルエルフの仕掛けた罠。
そもそも彼等がこんな場所に、己の命綱である機体を残すはずがない。
アードライはそれらに近付かないよう一定の距離をとり、この場にいるはずのカーツベルフを探した。

「カーツベルフ!撤退するぞ!カーツベルフ!」

試しに声を張り上げてみるが、反応はない。

「カーツベルフ!いないのか!」

何度叫んでも結果は同じ。
艦内にある全ての格納庫を探したが、何処にも彼の姿はなかった。
トラップに掛かった痕跡はなく、無事であることはまず間違いない。

(入れ違いになったか?)

アードライは眉を顰めながら、再び艦内を探すべく格納庫の外へと出ていった。
丁度その時である。
明かりの灯った通路の先に、濃緑の影がふっと横切った。

(あれは……カーツベルフ?)

僅かに見えたその衣服は、カルルスタインの訓練兵が纏うそれだ。
しかし何か様子がおかしい。

(笑っていた……?)

走り去ったカーツベルフの横顔には、久し振りに両親と再会する子供のように無邪気な笑みが浮かんでいた。
敵の潜んでいるかもしれないこの艦内で、敵の姿も見付からない状況で、彼は何に喜び走っていったのか。
どうにも不自然な彼の様子に、アードライは手の内の銃を握り直し、慎重にその後を追った。
あの横顔が見間違いで、この違和感が思い過ごしであれば。そう願いながらも、体は自然と戦闘態勢に入る。
カーツベルフはそんなことにも気付かずに、迷いない足取りで一つの部屋に駆け込んでいった。
部屋というより空間というべきか。そこに通路と空間とを隔てる扉はない。
アードライは空間入口の真横に体を付け、顔だけを僅かに覗かせて中の様子を探った。

(あれは――)

空間に大した広さはなく、あるものといえば棺のようなカプセルが一台だけ。
その中に横たわる人物を見て、アードライは我が目を疑った。

(流木野サキ……ヴァルヴレイヴのパイロット!)

静かに横たわるその女は、ヴァルヴレイヴ四号機のパイロット流木野サキその人である。
両手を胸の上で組む彼女の寝姿は、棺桶に納められた死者のように安らかだ。
生きているのか、死んでいるのか、そもそも何故彼女一人がこの艦に残されているのか。
カーツベルフはそんな彼女の眠るカプセルへと駆け寄ると、特に警戒する様子もなくその蓋を開けた。

(何をするつもりだ?)

アードライの視線の先で、カーツベルフはカプセルによじ登る。
そしてサキの体に覆い被さると、無防備な彼女の首筋に顔を埋めた。

「?」

アードライの位置からでは、彼が何をしているのかはよく見えない。
やむなく一歩を踏み出そうとした矢先、突如カーツベルフの体が傾いだ。

「―――ッ!!」

カーツベルフ。そう叫ぼうと口を開いたアードライは、すぐに己の口を覆い、咄嗟に壁に身を隠した。
眠っていたはずのサキが目を覚ましたのだ。
彼女は直ぐ様カプセルから飛び降りると、何故か戸惑った様子のカーツベルフをカプセルの中へと閉じ込めた。

「ごめんね。後で出してあげるから」

全く訳がわからない。
カーツベルフの行動も、サキだけがこの場にいる意味も。
故にアードライは物陰から飛び出し、彼女に銃口を突き付けた。
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