倉庫 汎用

□また会うための分岐点
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奪われたパイロットスーツを取り戻し、懐かしい感触に袖を通す。
ヘルメットを抱えてロッカールームを出ると、格納庫の壁に背を預けたアードライがサキを出迎えた。

「着替えは済んだか?」
「見ての通り、完璧よ」

アイドル仕込みのウインクを飛ばせば、彼は壁から背を離してトンと床を蹴る。

「ヴァルヴレイヴはこの先だ。付いて来い」

愛想のない態度だが、彼に優しさがないわけではないことを彼女は知っている。
振り返ることもなく遠ざかる背中を、彼女はくすくすと笑いながら追い掛ける。
この背中に救われるのはこれが二度目。今度はアードライも命を懸けることになる。
見付かれば、殺されるのはサキだけでは済まない。脱獄の手引きをした彼も、最悪その場で射殺されることだろう。
敵方とはいえ、ここまで手を貸してもらった相手を死なせることは彼女のプライドが許さない。万一の時には身を盾にしてでも彼を生かす覚悟を決め、彼女はきつくヘルメットを抱き寄せた。

(ここまでは無事に来られた、けど……)

いくらヴァルヴレイヴと言えど、一艦隊の総戦力を相手に逃げ切るのは困難だ。
彼女が愛機を動かしたその瞬間から、命懸けの脱走劇が始まる。

「本当に逃げられるのかしら……」

意図せず漏れた弱音に、アードライは僅かに首を捻って彼女を顧みた。

「心配するな。ハッチは400秒後に開くよう手配してある。が、そこから先の援護はない。追撃部隊が出てくる前に、全力で現宙域を離脱しろ」

彼に艦隊の指揮権はない。追撃に出た機体を、彼が止めることはまず無理だ。
故に動かれる前に逃げ切れと彼は言う。

「400秒……あまり時間がないわね。急ぎましょう」

無茶は承知だが、やるしかない。
サキは唇を引き結び、ヘルメットを被って愛機カーミラのコックピットに乗り込んだ。
システムを起動させれば、懐かしい感触が手のひらに蘇る。

(大丈夫。私はやれる)

自分に何度も言い聞かせ、彼女は上から覗き込むアードライに手を伸ばした。

「乗って。動かすわ」

けれども彼はその手を取ることなく、代わりに小さなメモリースティックを彼女の手に握らせた。

「持っていけ。そこに向かうべき座標を示してある」

力を入れれば折れてしまいそうなそれは、彼女にもたらされた唯一の道標。
小さなそれをまじまじと見詰め、サキは困惑した表情でアードライを見上げた。

「そんなの、あなたが教えてくれればいいじゃない」

共に逃げるのだから、座標は彼が示してくれればいい。
しかし彼は首を振り、コックピットの縁に手を着いたまま彼女に言った。

「行くのはお前だけだ、流木野サキ」
「え……?」

言われた意味がわからず、サキは思わず聞き返す。
アードライはそれに対し、力なく微笑みを浮かべて応えた。

「私はここに残る。一緒には行けない」

それがどんな結果を生むか、わからないはずがない。

「なんで!?私を逃がしたってバレたら、あなた殺されるわよ!」

悲鳴のような叫びをあげ、サキはアードライに掴みかかる。
その手を軽く払い除け、彼はまた首を横に振った。

「それでも、私にはここでやるべきことがある」
「やるべきこと?」
「革命だ」

その瞳に浮かぶ揺るぎない意思に、サキは言葉を失った。

「私の国はここだ。この国を取り戻すまで、奴に会わせる顔はない」

彼が奴と呼ぶその相手が、あのエルエルフであることは明らかだ。
友を信じきれなかった自分を、彼は未だ責めている。

「だ、大丈夫よ。裏切ったのはお互い様なんだから、きっとエルエルフはあなたを責めないわ。死ぬくらいなら、あいつと手を組んで――」

震える声で言い募っても、アードライは首を縦には振らなかった。
ただ悲しそうに目を伏せて、彼女を見下ろすだけだった。

「さあ行け。もう時間がない。お前はお前の仲間のために、今為すべきことをしろ」
「…………」
「私なら大丈夫だ。これでも元は王族だからな。易々と殺されはしない」

彼の言葉は出任せだった。
今のドルシアに王族の権威などありはしない。裏切り者に待っているのは死、それだけ。
それでもサキを騙すくらいは造作もないこと。

「本当に?」
「ああ」

迷う彼女の背中を押せば、躊躇いながらの首肯が返された。

「……わかったわ。信じるからね、あなたの言葉」
「ああ。エルエルフのこと、宜しく頼む」

アードライはそれだけ言うと、機体を蹴ってその場から離れる。
サキはコックピットから身を乗り出すと、離れ行く背中に向けて大声を張り上げた。

「また会いましょう、王子様!今度は独房なんかじゃなくて、美味しいハムエッグの食べられるお店で」

彼はその声に振り返り、

「ああ、楽しみにしている」

そして二度と、立ち止まることはなかった。

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