倉庫 汎用

□人の温もり
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雪が降っていた。
春には一面の花畑を見せる庭は、降り積もる雪で銀世界に彩りを変えている。
美しく、けれど酷く寂しい白。
その只中に、二つの人影があった。
一つは白の世界を写したかのような青年。静かな寝息をたてる彼は、名をアードライといった。
一つは銀世界に刻まれた影のような少女。サキと呼ばれたその少女は、膝の上に頭を預けて眠る青年を、物言わず静かに見下ろしていた。
音のない世界。完成された風景。
静止画のような空間で、動くものは降る雪だけ。
青年の顔を冷たく濡らすそれを、少女は指先で軽く払う。

「…………」

普段前髪に隠された青年の左目に、消えない傷が刻まれたのはいつのことだったか。
膝の上に眠る無防備な横顔を見下ろしていた彼女は、指通りの良い彼の前髪を丁寧に払い除けて、まじまじとその傷を見た。
そう古いものではないが、新しいとも言い難い。目を縦に裂くそれは、未だ彼女が人であった頃につけられた傷だった。
人差し指を伸ばし、彼女はそっと傷に触れる。
彼は僅かに瞼を震わせたが、瞼を開ける様子はない。
彼女は彼の傷を優しく撫でながら、紫の瞳を物憂げに伏せた。

「…………」

何を言うでもなく、彼女は黙って傷を擦る。
痛々しい過去の傷を、何度も、何度も。
そうして繰り返し傷を撫でていると、突如ぱちりと彼の目が開いた。

「!」

眼球に触れそうになる手を、彼女は慌てて引っ込める。

「どうした?浮かない顔だな」

いつから起きていたのか。彼はごろりと体を転がすと、柔らかな膝に後頭部を預けて彼女を見上げた。

「寒いか?」

気遣うような彼の問いに、彼女は首を横に振り、顔に寂しげな笑みを張り付けて答えた。

「誰かさんが暖めてくれているお陰で、今のところは大丈夫」

そう言う割に、彼女の手は恐ろしく冷たい。
血の巡りを感じさせない体温は、まるで死人の手のようだ。
けれどもアードライはそれを指摘することなく、「そうか」と頷いて彼女の髪に指を絡ませた。

「君の髪は雪に映えるな。綺麗な黒だ」

手にした一房を指先で弄び、彼は淡い笑みを浮かべる。
自分と揃いの三つ編みにでもしようか。そんなことを言い出す彼に、彼女はお揃いなのは目の色だけで十分だと笑った。
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