倉庫 汎用

□王子様とアイドルと
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知る人ぞ知る幻の名店モロコフは、絶品の焼き菓子が売りの洋菓子店である。
目当ての焼き菓子詰め合わせBセットに、エルエルフへの手土産を二、三購入したアードライは、ここまでの道案内を頼んだ少女にレモンタルトを御馳走していた。
食べるのが彼女だけでは気まずかろうと、自分用に一番安いパイを買ったのは彼の気遣い。
店内の飲食スペースに腰掛け、珈琲を啜りながら、そこで二人は初めて自己紹介を始めた。

「私はアードライ。ドルシアのカルルスタイン生まれの大学生だ」
「私はサキ。高一で16歳」
「では私の二つ下だな」
「18?じゃあ大学一年生?」
「いや、飛び級で今は四年だ」

王太子であるアードライには、幼少期から専属の家庭教師がついていた。
留学が決まった当時、高校に入学するはずの彼の頭には既に高校三年分の学習内容が詰め込まれていた。
勉学だけが目的の留学ではなかったため、今更留学そのものを取り止めることは出来ず、急遽彼は飛び級で大学へと進むことになった。

「そんなに頭が良いなら、やっぱり普段から勉強漬けの毎日だったりするの?」
「そうでもない。あまり出掛けることはないが、大学が終われば自宅でゆっくりしているな」
「テレビとか観たりする?」
「ニュースなら、公共放送で」
「ドラマとか見ないの?」
「娯楽は全く」
「ふーん。そうなんだ……」

彼は立場上、常に祖国の日々の動きを知ることに余念がない。
ドラマやバラエティを見ている暇があれば、その分を祖国の新聞を読み耽る時間に当てた。
それら一切を苦に感じないのも、彼がそれだけ国を愛しているということだろう。

「君はどうなんだ?」

聞かれてばかりのアードライが不意に質問を返す。
サキはそれに頭を振り、砂糖をたっぷりと入れた珈琲を一口啜った。

「私はバイトが忙しいから、あんまり。誰かと遊びにも行かないわ」

年頃の少女にしては珍しく、彼女も娯楽に割く時間はあまりないらしい。
サキは物憂げに目を伏せて、暖かい店内にほうっと息を吐いた。
そんな彼女をじっと見下ろし、不意にアードライが口を開く。

「友達がいないのか」
「あなたさらっと失礼なこと言うわね」

彼女は眉間に皺を刻み、怒りと呆れの入り交じった目で彼を睨め付けた。
慌ててアードライは両手を振る。

「済まない。怒らせるつもりはなかった。私も友達がいないから、同じだと思っただけで――」
「エルエルフとかいうお友達はどうしたのよ」
「あれは言葉の綾だ。厳密に言えば友達ではない。私と彼は――そうだな、日本の時代劇でよくある、将軍の子とその乳母の子のような関係だ」
「余計わかんないんだけど」

サキはテーブルに頬杖をつき、やってられないとばかりに溜め息を吐く。

「友達がいないわけじゃないの。ただ、私のバイトが少し特殊だから、普通の女の子みたいに遊べないだけ」
「それでも辞めないのだな」
「辞められないのよ。辞めたらきっと、捨てられる」

そう語る彼女の目は、酷く寂しげで痛々しかった。
どんな事情があるかは知れないが、その目を放っておくことなど、アードライには出来なかった。

「サキ」

彼は彼女の名を呼ぶと、ペーパーナプキンにさらさらとペンを走らせ彼女に差し出した。

「私のメールアドレスだ」
「はぁ?」
「ここで会ったのも何かの縁。愚痴くらいならいつでも聞こう」
「……ナンパのつもり?」
「友達になろうと言っている」

彼が王太子である以上、おいそれと会いに行くことは出来ない。
おまけに彼は大学四年生。卒業すれば祖国に帰る身だ。
しかし現代は便利な道具に溢れており会わずとも言葉を交わすことは出来るようになった。
古来よりそれは手紙であり、現代ではメールに形を変えて。
サキはその宛先を物珍しそうに眺め、やがて諦めたようにくすくすと笑った。

「わかった。気が向いたらメールしてあげる」
「ああ、待っている」

一国の王子とアイドルのそれが最初の出会いだった。
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