倉庫 汎用

□加えて無愛想な同行者
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昼食を摂ろうとアードライがサキを案内したのは、お洒落なカフェでも高そうな料理店でもなく、学生らしいファミリーレストランだった。
彼女の浮かべた落胆は傍らに立つアードライにも伝わっただろうが、だからといって彼等が進路を変えることはなかった。

店内は昼時とあり、流石に全ての席が埋まってしまっている。
しかしアードライは空席待ちの列に並ぶことなく中へと進むと、4人掛けの席を一人で分捕る男の前で立ち止まった。

「悪い、待たせたな」

アードライが声をかけると、男はおもむろに彼を見上げて眉を顰めた。

「お前はいつからナンパが趣味になったんだ」

見覚えのある顔に、サキは軽く首を傾げる。
髪はアードライより灰色がかり、瞳の色は青みがかっている。
同じ国の出身だろうか思案したところで、彼女ははたと気が付いた。

「あ!あの渓谷の!」

彼は先日アードライが見せた故郷の画像に写っていた、笑顔も浮かべない男だった。

「ああ、紹介しよう。私の旧知でルームメイトのエルエルフだ」
「どうも」

エルエルフはこくりと頭を下げ、自分の隣を僅かに空ける。
アードライは向かいの席をサキに譲ると、彼自身はエルエルフの隣に腰を下ろした。

「エルエルフ、彼女のことは以前話したが、改めて紹介する。私の友達のサキだ」
「初めまして。私もあなたのことは聞いているわ」
「愛想のない顔だと?」
「……そんなところよ」

自虐的なエルエルフの冗談に、サキは顔をひきつらせて笑う。
あまり良いとは言い難いファーストコンタクトだったが、アードライは二人の様子に満足したように頷いた。

「では、私は水を取りに行ってくる。二人は先にオーダーを済ませておいてくれ」

サキとエルエルフを残し、アードライは荷物を置いて立ち上がる。

「お前はいつものでいいのか」
「ああ、頼む」

たったそれだけの会話でメニューを決め、彼はそのまま席を離れた。
サキはそれを横目に見ながら、大きすぎるメニュー表をテーブルの上に広げた。

「ファミレス、よく来るの?」
「ああ」
「ふーん」

彼女はあまりこういった手合いの店には来ないため、メニューを決めるのにも時間が掛かる。
定食の欄に視線を走らせながら、カロリーとバランス、おまけに値段を見て吟味する。
既に注文する料理が決まっているらしいエルエルフの方は、携帯電話を弄りながらちらりと彼女に視線を向けた。

「お前は言っていないのだな」
「何が?」

唐突な問いに、サキはメニューから顔を上げずに返す。
初対面の相手に大分失礼な態度ではあったが、何れにせよ彼女は次の言葉を聞いた瞬間には顔を上げざるを得なくなった。

「流木野サキ、16歳。咲森学園高等部一年。VVV(スリーブイ)事務所の芸能部門が今一番推しているアイドルだそうだな」
「!?」

何故それを知っているのか。
思わず顔を跳ね上げたサキに、エルエルフはつまらなそうに言葉を続けた。

「安心しろ。あいつは何も知らない。今後も気付くことはないだろう」

芸能に疎いアードライは、アイドルはおろか歌手にも俳優にも興味がない。
余程の問題を起こして公共放送のニュースに登場でもしない限り、彼がアイドル流木野サキの存在に気付くことはない。
だれかがそれを伝えない限りは。

「それで?気付いたあなたはどうするの?付き合いをやめろって言いたいの?」

警戒心を強めるサキに、エルエルフは携帯画面に視線を落としたまま答える。

「俺はあいつの親じゃない。付き合う友達くらい、あいつ自身で選ぶだろう。いいんじゃないか、アイドルでも。俺や故郷の仲間では、所詮友達ごっこにしかならないからな」
「?」

端から見れば、アードライとエルエルフは普通の友人のように見える。
それでも彼はアードライと同様、友達ではないのだと言った。

「あいつの生まれは少し面倒でな、ああ見えて結構な名家の出身だ。そのせいで、ドルシアでは友達の一人も作れなかった」
「あなたは友達じゃないの?」
「俺はあいつの家に雇われて大事な息子の護衛と監視を任されているだけだ」
「過保護なのね、彼の御両親」
「本国では俺の他に3人も護衛が付いて回る」
「それじゃあ友達も出来ないわね」

想像も出来ない境遇に、サキは哀れむように遠くのアードライに目を向ける。

「だからあいつはこの国に留学に出された。大学で過ごす4年間、それがあいつの普通の学生でいられるだけの猶予期間。流木野サキ、お前はあいつに与えられた最後のチャンスだ。卒業まであと少し、恐らく他に友達を作る機会など得られないだろう」

そこまで言うと、エルエルフはようやく携帯から視線を外し、真っ直ぐにサキを見据えた。

「アイドル活動の方は心配することはない。多少の報道はこちらで揉み消そう」
「揉み消すって……」

嘘か真か定かではないが、マスコミを黙らせるだけの権力が彼等にはあるらしい。
彼女にはとても信じられなかったが、エルエルフは信じてもらう気もないようだった。

「ホント、変わってるわね、あなた達」
「だろうな」

彼は口許に微かな笑みを浮かべ、また携帯に視線を戻す。
サキはそれを見届けると、ようやく備え付けの呼鈴を押した。
 
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