倉庫 汎用

□或いは陽気な隣人達
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2月の上旬。
予定通り、ドルシアからイクスアインとハーノインが到着した。
彼等にしてみても初めて訪れた国であったが、綿密に調査を尽くしたイクスアインの情報に誤りはなく、二人は何の問題もなく予定時間内にアードライ達の住まいへと辿り着いた。
防犯の都合から、二人が素直に呼び鈴を押すことはない。
まず玄関の前で電話を掛け、直接解錠を求める。

「イクスアイン、ハーノイン、只今到着した。半径10メートル内に部外者の姿はない。解錠を要請する」
「おいおいイクス、お前完全に浮いてるぞ」

辺りに人がいないとはいえ、イクスアインの行動は酷く珍妙だ。
早く中へ逃げ込みたいというハーノインの願いは、果たしてすぐに叶えられることとなる。

『すぐに開ける』

イクスアインの耳に当てた携帯電話から抑揚を押さえた声が聞こえたとほぼ同時、固く閉ざされていたマンションの扉はいとも容易く道を開いた。

「よく来たな、イクスアイン。ハーノインも」

扉の向こうに現れたのは、久方振りに見る王太子の顔。

「ご無沙汰しております、殿下」
「よっ!元気そうじゃん」

二人は各々個性の滲み出る挨拶を済ませ、狭い玄関の中へと素早く雪崩れ込んだ。

「随分早かったな。道は混んでいなかったか?」
「地下鉄を使いましたので」
「そうか。あ、靴はそこで脱いでくれ」

アードライに足元を指差され、二人は促されるままに靴を脱ぐ。
男所帯にスリッパなどという小洒落たアイテムは存在せず、そのまま二人は冷たい板張りの床に足を下ろした。

「それにしても、随分と狭い部屋を使われているのですね」

3LDKの間取りを眺めながら、リビングに通されたイクスアインがぽつりと呟く。
お世辞にも一国の王太子に似合いの部屋とは言い難いが、アードライ自身は全く気にしていない様子だった。

「学生の二人住まいで不自然に思われない程度の広さだからな。これでも広い方だぞ」
「セキュリティは?」
「エルエルフが色々と確認していたようだが、こうして住んでいるのだから問題無かったのだろう」
「そのエルエルフは何処だ?」
「ここにいる」

己が話題に上ったことで、エルエルフがひょっこりとリビングに顔を出す。
その手には器用に四人分のマグカップが載せられ、芳しい珈琲の香りを漂わせている。

「さっさと座れ。通行の妨げになるな」
「へいへい」

エルエルフに顎で指示され、ハーノインとイクスアインはソファーに腰を下ろす。
反対側に腰掛けていたアードライの横にエルエルフも着席し、それぞれの前にマグカップを置いた。

「論文の進捗状況は?」

イクスアインが尋ねる。

「既に提出済みだ。口頭試問も特に問題はなかった。卒業程度なら大丈夫だ」
「ドルシアの王太子が半端な成績で卒業されては困ります」
「そう言うなよ、イクス。今回の目的は勉強じゃないんだから」

ハーノインはイクスアインを宥めながら、珈琲を啜るアードライに目を向ける。

「そういや聞いたぜ。ついに友達が出来たんだって?」

今留学の目的の一つ、アードライの友達作り。
最も困難であろうと思われたその課題だが、最後の最後に女神は彼に微笑んだ。

「どんな奴?エルエルフみたいに愛想の欠片もないような野郎じゃないよな?」
「ハーノイン」
「怒るなよ。事実だろ?」

エルエルフに一睨みされ、ハーノインは肩を竦めて片目を閉じる。
アードライはそれを横目に見ながら、珈琲を一口啜って目を閉じた。

「男ではない。二つ年下の女性だ」

一瞬の間。
次の瞬間、ハーノインとイクスアインは勢いよくテーブルを叩いて立ち上がった。

「ちょっとちょっと、花嫁探しだなんてお兄さん聞いていませんよ!?」
「どういうことだエルエルフ!」
「いちいち騒ぐな。友人だと言っているだろう」

鬱陶しそうにエルエルフが返し、背凭れに深く体を預ける。
革張りのソファーはきしりと鳴きながら、その体重をゆったりと受け止めた。

「名前はサキ。高校一年生。アードライとの直接の接触は二回。身元は確認してある。もっとも、アードライはファーストネームと年齢しか知らないようだがな」
「失礼な。趣味と好きな食べ物くらいは知っている。イクスアイン、ハーノイン、今度お前達にも紹介しよう」
「俺はサキちゃんのお友達も紹介してほしいなー」
「ハーノ……」

軟派な友人の冗談に、イクスアインが頭を抱える。
これも全て、ドルシアでは見慣れた光景だった。
もうすぐあの日々が帰ってくる。
アードライの肩に伸し掛かる重責と共に。

「そろそろ昼食にするか」

立ち上がったエルエルフが時計を確認する。
時刻はとうに12時を過ぎ、間もなく1時になろうというしている。
彼は珈琲をそのままに台所へ向かい、食器棚から数枚の皿を引っ張り出す。

「お、エルエルフの手料理?」
「冷凍食品だ」

普段は彼もアードライも自炊をするが、今日は生憎の冷凍食品。
昨日は6割引だったのだと口にするエルエルフの言葉を聞き流しながら、イクスアインは真っ暗なテレビ画面を指差した。

「殿下、テレビを着けても構いませんか?」
「ああ。好きに使って構わない」

アードライはテレビの主電源を入れ、リモコンをイクスアインに渡す。
イクスアインはそれを受け取ると、適当な民放番組にチャンネルを合わせた。

『午後はひるナビ!土曜日は芸能特集。本日取り上げるのは――』

甲高い女性のナレーションと共に、派手なサウンドエフェクトが入る。
耳慣れない音につい興味を引かれ、アードライはちらりと画面に目を向けた。

『――それではゲストをお呼びしましょう。ドラマ「かみつき!」に出演中のこの方でーす!ようこそー!』

セットの前に立つ女性が手を差し伸べると、奥から一人の少女が現れる。
些(いささ)か際どい衣装に恥ずかしそうな表情を浮かべながら、少女はテレビカメラに向かい小さく手を振った。

『こんにちは、流木野サキです。今日はよろしくお願いします!』

その姿に、アードライは我が目を疑った。

「………サキ」

画面の向こうで微笑む少女は、間違いなく彼の唯一の友だった。
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