倉庫 汎用

□或いは陽気な隣人達
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「流木野さん、最近変わったね」

一人廊下を歩くサキにそう声を掛けたのは、彼女より一つ学年が上の少女だった。

「指南先輩……何ですか、藪から棒に」
「だって変わったんだもん。すっごく優しい顔するようになった」

彼女の名前は指南ショーコ。この国の総理大臣の娘だ。
サキとはまた違った、けれども似たような環境にある彼女は、持ち前の明るさと世話焼きな性分から、時折こうしてサキに声を掛けてくる。

「何かいいことあった?」

屈託なく笑うショーコは、少し俯いたサキの顔を覗き込む。
サキはその視線から逃れるように一歩退くと、消え入りそうな声で呟いた。

「友達が、出来たんです」

聞いた瞬間、ショーコはぱちぱちと目を瞬(しばた)かせて動きを止める。
だが次の瞬間には、自分より数歩後ろを歩いていた少年の腕をぐっと引き寄せ、廊下に響き渡るほどの大声で叫んでいた。

「聞いた、ハルト!?流木野さんがついにやったよ!ねぇ、何年生!名前は!どんな人!?」
「痛っ!ショーコ、落ち着いて!ごめんね流木野さん」

力任せに体を揺すられ、腕を引かれた少年が懸命にショーコを制止する。
この少年もサキより一つ学年が上の、時縞ハルトという学生である。
取っ組み合いの形でじゃれ合う二人に、サキは堪らず吹き出すようにして笑った。

「大学生なんです。外国人の」
「えっ!外国人?!」
「いいじゃん、外国人。どんな人?可愛い?」

驚きを隠せないハルトとは対照的に、ショーコは生き生きとしてサキに迫る。

「優しくて、ちょっと強引で、王子様みたいな人です」
「王子様かー……って、男!?」
「はい」

流石のショーコも男とは思わなかったのだろう。
目を向いて大袈裟によろめき、けれどもすぐに体勢を立て直して親指を突き出した。

「いいね、王子様!王子様といえばさ、知ってる?今この近くの大学に、何処かの王族が通ってるらしいよ」

関係ない方向へ話が飛んだが、ショーコは一切気にしない。

「王族だよ王族!王子様かな?お姫様かな?アラブの石油王だったらどうしよう!」
「ショーコ……涎出てる」
「はぅっ!!」

無意識に垂れていた涎をハルトに指摘され、ショーコは慌てて口許を拭う。
黙っていれば美人の部類に入る彼女だが、お喋りで明るいところこそ彼女の魅力だとサキは思う。

「何にせよ、流木野さんに友達が出来て良かったよ。僕達じゃどうしても先輩になっちゃうからね」
「うんうん!」

二人の先輩に祝福され、サキは気恥ずかしそうに肩を竦める。

「でも、言えてないんです、私がアイドルやってるってこと」

アードライが芸能人への嫌悪を口にして以来、サキは自らの職業を告げる勇気を失った。

「来月には国に帰ってしまうから、ずっと黙っていようって……」

彼がドルシアに帰国すれば、意図して調べようとしない限り彼が気付くことはない。
芸能人に関わりたくないという彼が、わざわざ異国のアイドルを調べることもないだろう。

「僕はそれでもいいと思うよ。流木野さんは流木野さんなんだから」
「そうそう!アイドル流木野サキじゃなくてただの女子高生の流木野さんと友達になったんだもん」

ハルトとショーコは優しく微笑み、サキの臆病を肯定する。

「そう、ですよね……」

サキはそれに頷きながらも、心の何処かで考えていた。
いつか気付かれてしまうのではないか、と。
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