倉庫 汎用

□そして彼等の大団円
1ページ/4ページ

3月20日、晴天。
アードライが帰国するこの日、サキはVVV事務所のラウンジでじっとテレビを見詰めていた。
間も無く正午。各局がバラエティやワイドショーを放送し始める時間帯だ。
ラウンジのテレビはワイドショーにチャンネルを合わせ、今は陽気なCMを垂れ流している。
独り寂しく弁当を広げたサキがミニトマトを頬張り始めた頃、ついに番組は始まった。

『こんちには、3月20日、ひるナビワイドの時間がやってまいりました。今日はまず中継から、現場の池田さーん』

素朴な可愛さが売りの女子アナウンサーの声に応え、画面は屋外の映像に切り替わる。
見たところ大学の門のようで、名を呼ばれた記者の他にも数多の報道陣がカメラとマイクを構えている。

『こちら、現場の池田です。見てください、この報道陣の数。凄いでしょう。こちらはとある大学の正門前なんですが、これから何があるか、皆さんわかりますか?』
『卒業式はもう始まっていますよね?』
『そうですね、もう間も無く終わります』
『えー、何でしょう?』

タイムラグのあるやり取りを聞きながら、サキもまた考える。
卒業式といえば、アードライも今日が大学の卒業式だ。はっきりと大学名を聞いたことはないが、ハーノイン等の話からしてこの大学なのだろう。
ここで行われる何かに託(かこつ)けて、サキに何かを伝えるつもりなのか。
不安と好奇心が綯(な)い交ぜになった心を誤魔化すように、彼女はバリバリとキャベツを咀嚼する。

『実は今日、ドルシアの第一王子がこの大学で卒業式を迎えるということで、我々こうして待ち構えているんです』
『第一王子ですか。ドルシアといえば、未成年の王族の姿を報じてはならないというしきたりがあるそうですが――』
『はい。現在第一王子は18歳なので未成年ということになりますが、今回、ドルシア国王が声明で“大学卒業をもって第一王子を成人とする”と述べたこともあり、世界中から報道陣が詰め掛け、王子の登場を今か今かと待っているわけですね』

いつか指南ショーコが言っていた「近くの大学にどこぞの王族が通っている」という話はこれであろう。
よもやドルシアの王子だっとは、そう思いながらも、サキは王子のことに興味などなかった。
ハーノイン等がテレビを見ろと言った理由を、今すぐにでも知りたい気持ちでいっぱいだった。

『池田さん、王子について何か情報は入っていますか?名前とか外見とか――』
『それがですね、大使館の方に確認しましたところ、まだ回答は出来ないということで、我々報道陣、誰がその王子なのかわからない状態です』

たちまちスタジオでざわめきと笑いが起き、現場の記者も苦笑いを浮かべる。
丁度その時、詰め掛けた報道陣の一画が慌ただしく動き始めた。

『あ、今、王子が出てきたようです!見えますでしょうか、こちらに向かって歩いてくる人物が――』
『4人ですね。どの方が第一王子でしょうか』

カメラの向いた先には、仰々しい礼服を見に纏った4人の男が写っている。
その全ての顔に見覚えのあったサキは、思わず我が目を疑い箸を取り落とした。

『王子!王子!』

現場の記者が声を張り上げ、4人はカメラの前で立ち止まる。
その内の1人――ハーノインはニヤリと笑うと、後ろに立つアードライに道を譲り軽く会釈した。
まさか、そうサキは息を飲む。
アードライはそんな彼女の気も知らず、カメラの前に出ると穏やかに微笑んだ。

『まずは私の愛すべき祖国の民と、私を迎えて下さったこの国の皆様、そして世界中の皆様に御挨拶を。初めまして、私はアードライ。本日陛下より成人たる誉れを頂き、若輩者のこの身を晒すこととなりました、ドルシアの王族が一人です』

三つ編みはそのままに、髪を後ろで一つに括ったアードライは、濃紺の礼服を見事に着こなして一礼する。

『王子!学生生活はいかがでしたか!』
『非常に有意義なものでした』
『お連れの方は御学友ですか?』
『彼等は私のSPのようなものです。幼い頃から共に育った、私の最も信頼する隣人とでも言いましょうか』

紹介され、ハーノイン、イクスアイン、そしてエルエルフが順番にカメラに抜かれる。
彼等はきりりと表情を引き締め、鋭い眼光は彼等が一端の軍人であることを感じさせた。
纏った服は皆同じだが、各々装飾が微妙に異なる。
恐らくは彼等個人の得た勲章や褒章を表すのだろうが、残念なことにサキにはその意味を理解することが出来なかった。

『今日帰国されるということですが、最後に行きたい場所はありますか』

他局の記者が声を張り上げ、アードライがそちらへ視線を向ける。

『友人に会いに行きたいですね』

彼の言葉に、サキの心臓が大きく跳ねた。

『つい先日、喧嘩をしてしまいまして。無知な私の些細な言葉で、友人を傷付けてしまいました。それをどうしても謝りたかったのですが――』

物憂げに目を伏せながら、彼は一度言葉を区切る。

『御友人は殿下が王子であることは――』
『知りません。この報道で知ることになるでしょう。そのことについても、出来ることなら謝りたかったと』
『王子、是非ともテレビの向こうの御友人に一言!』

感動の物語にでも仕立て上げたいのか、記者達はアードライに執拗にメッセージをせがんだ。
その言葉を送る相手が、この国でそこそこ名の知れたアイドルであるとも知らずに。

『何だか恥ずかしいですね。ですが今日だけは、皆様の御厚意に縋らせて頂きます』

アードライははにかみながら、すっと息を吸って胸を張った。
真っ直ぐに前を見据えて、カメラの向こうで震えるサキに向けて、

『聞いているか、流木野サキ』

その声音は酷く冷たく、そして怒りに満ちていた。

『よくも勝手にアドレスを変えてくれたな。弁解すらさせないとはいい度胸だ。いいか、私は諦めの悪い男だ。君がアイドルだろうが何だろうが、友達をやめてやるつもりはない。覚悟しておけ!』

びしりと指を差され、サキは思わず肩を跳ねさせた。

『流木野サキ、ということは、御友人はあのアイドル流木野サキさんですか!?』
『そのようですね。私も最近までは彼女がアイドルだとは知りませんでした』

王子とアイドルの異色な接点に、記者達が目の色を変えて食い付いてくる。
そしてそれは記者だけに留まらず、ラウンジでサキと同じくテレビを見ていた全ての者が、信じ難いものを見るような目で彼女を凝視していた。

『いつ頃知り合われたのですか』
『数ヵ月前に』
『御二人は何処で――』
『申し訳ないが、時間が押している』

即席の会見はエルエルフの一言で打ち切られ、名残惜しそうな記者達の声を背にアードライ達は去っていく。
ざわめくスタジオに映像が切り替わった直後、サキは弾かれたようにラウンジから走り出した。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ