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□先立つあなたへ、遺された君へ
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年を重ねると、否応なく変わっていくものがある。
例えばアードライの場合。
身に纏う白は、飾られた軍服から質素な病衣に変わった。
蓄えた髭の分だけ、感情を隠すのが上手くなった。
愚かなほど一本気だった性根も、今は随分と回り道が過ぎるようになった。
嘘ばかりが上手くなって、少しずつ隠し事が増えて。
かつては革命の旗印として戦場を飛び回った彼も、気付けば立派に老人の仲間入り。
元来白かった髪では白髪も何もないなと笑えば、旧知の仲であるエルエルフは呆れた顔で溜め息を吐いた。

「それで、具合はどうだ?」
「どうもこうも、順調に悪化しているさ」

細くなった腕にはシミと血管が浮かび、その先には点滴の管が伸びている。
無理を続けてきたアードライの体は、還暦を迎えると共に呆気なく病に倒れた。
カルテに記された病名は本人にも聞きなれないものであったが、医師は無情にも彼の命の刻限を言い渡した。
その余命、僅かに半年。
歳のお蔭か病の進行は遅く、彼は動ける間の四ヶ月を身辺整理に費やした。
仕事の全てを後任に引き継ぎ、同僚や部外達に別れを告げて。
それでも今尚、何も伝えられずにいる人物がいる。

「私は臆病になったのかもしれないな」

固いベッドに横たわり、アードライは自嘲気味に呟く。

「彼女に事実を告げることが、堪らなく恐ろしい」

パイプ椅子に腰掛けたエルエルフが彼の顔を覗き込めば、そこには血色の悪い肌と苦い笑みが浮かんでいる。

「覚悟していたつもりだったが、いざその時が来ると……何故こうも鈍るのだろうな」

誰よりも先に伝えるべきだったのに。
そう吐露するアードライを見下ろして、エルエルフは無言で眉を顰めた。
アードライがこうも渋っているのは、ひとえに相手があの流木野サキであるからだ。
彼女はカミツキで、不老不死の肉体を持っている。
彼等とは違う時間を生き、それ故に、共に命の終わりを迎えることはない。
そんな彼女に自らの終わりを告げることが、アードライにはとても耐えられなかった。

「何も言われないことの方が、俺は辛いと思うがな」

エルエルフは淡々と零し、点滴の袋に目を向ける。
残り少なくなった袋はぺたんと潰れ、僅かに残った液体をひたり、ひたりと落としていく。

「エルエルフ、彼女は泣くと思うか?」
「……泣かないだろうな」
「ああ。だから言えないんだ。慰めることすら、彼女はきっと許してくれない」

涙を流して罵ってくれたなら、アードライはそれを受けとめることが出来る。
けれどもプライドの高い彼女のことだ。無理に笑い、何でもないことのように彼を許し、笑顔でその死を見送ることだろう。
そして彼が死んだ後で、一人静かにさめざめと泣くのだ。

「先に逝くことが、こんなに怖いとは思わなかった」

微かに喉を震わせ、アードライは目を閉じる。
瞼の裏に浮かぶサキの泣き顔に、力の入らない拳を握り締める。
何かに怯えるアードライを見るのは、エルエルフにとっても初めてのこと。
常に気高く在った元王族の矜持が、今や見る影もない。
それでもエルエルフは、それを悪いことだとは思わない。
それほどまでに想う相手がいることを、むしろ羨ましく思う。
愛する人も、初めての友達も、既に失っている彼だからこそ。

「他人から聞かされる前に、お前がちゃんと伝えておけよ」

最後にそう言い残して、エルエルフは病室を後にした。
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