倉庫 汎用

□独房からの革命
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アードライはその姿を暫く黙って見下ろしていたが、やがて彼女の正面へと移動し、壁に背をつけて腰を下ろした。
彼女がその気になれば襲い掛かることの出来る距離に。

「ドルシアが昔、王国だったことを知っているか?」

彼が問うと、彼女は顔を伏せたまま答える

「赤い木曜日なら、授業で少しだけ」

近代史を学んだ者ならば誰もが知っている、ドルシアの歴史的革命の日。
学園の生徒の中にも、実際にそのニュースを目にした記憶のある者は多い。
それがどうしたのかと尋ねる彼女に、彼は彼方を見上げながら静かに言葉を吐き出した。

「あの革命で多くの王族が殺され、生き残った者も軍事政権の手により拘束・幽閉された。私はその王族の、生き残ったうちの一人だ」
「え……?」

顔を上げた彼女の瞳が、驚きに見開かれる。

「でも……あなた、ドルシアの軍人でしょう?」
「ああ、確かに私は軍人だ。そして私の直属の上官は、あの革命の立役者。カイン・ドレッセルだ」

かつての王族からすれば、それらは憎い敵(かたき)であるはずだった。
国と家族を奪った、忌むべき相手のはずだった。
そんな組織の中にむざむざ飛び込んだ理由を、彼は彼女に打ち明けた。

「私はこの国を変えたかった。あの赤い木曜日から変わってしまっ祖国に、再び革命を起こす。それだけを考えて生きてきた」

力で奪われた国を取り戻すには、相応の力が必要だった。
現政権を転覆させるだけの、迅速で正確な情報が不可欠だった。
その点において、軍人という立場は好都合だった。

「いいの?そんなこと、ここで私に話して」
「問題ない。例えお前が誰かに口外しようと、その言葉を信じる兵士はドルシアの中にはいない。それに、外に立っている兵士は私と同じく革命を目指す者達だ。聞かれても構わない」

革命という彼の野望は寄生木(やどりぎ)の種子のように、敵の懐に根を張った。
それらはやがて同じ志を持つ者達と繋がり、王党派という反乱分子を成長させていった。
今では相当な数の兵士が、ドルシアの革命のために暗躍している。
カインの副官である、あのクリムヒルトですらも。

「我々は行動する。夢を夢で終わらせないために。奪われたものを取り戻すために。お前達が必死で足掻いてきたようにな」

言いながら、アードライは床に落ちたリボンを片手で拾い上げた。
白く細長いそれを指先で弄びながら、彼は彼女の傍らまで歩み寄った。

「な、何よ」
「そう身構えるな。結び直すだけだ」

警戒心を剥き出しにするサキに苦笑しながら、彼は慣れた手付きで彼女の髪を束ねた。

「……上手いのね。ひょっとして、その三つ編みも自分でやってるの?」
「ああ」

そうしてぽんと肩を叩くと、彼はすっと立ち上がり、備え付けのモニターのスイッチに己の人差し指を押し当てた。

「待たせた。鍵を開けてくれ」
『はっ!合言葉を』
「稲妻の剣」
『確認しました。解錠します』

通信が切れると同時に、微かな音をたてて扉の電子錠が開かれる。
彼はそれを確認すると踵を返し、冷たい鉄製の扉に手を掛けた。
その直後。

「特務大尉!」

彼が扉を開くと同時に、廊下の向こうから鬼気迫る声が飛び込んだ。

「……何事だ」

彼が一歩を踏み出す直前で動きを止めると、その声の主は簡単に敬礼を済ませ、慌ただしく本題を切り出した。

「本隊より入電。ARUSが新生ジオールに宣戦布告。ヴァルヴレイヴ一機を撃墜、他を追撃中とのことです」
「そんな!!」

声を上げたのはサキだった。
その悲痛な声を気に留めることもなく、アードライは兵士に尋ねた。

「撃墜したヴァルヴレイヴは?」
「ブルーです」
「あの盾か……」

青のヴァルヴレイヴX号機は防御に特化した機体。
それが墜ちたとあれば、新生ジオール側はかなり追い込まれた状況であることが窺えた。

「戦況は?」
「新生ジオールは事実上崩壊。指南ショーコを始めとする学生達はヴァルヴレイヴ二機と共に逃走。時縞ハルト、エルエルフ両名はこれとは別に宙域を離脱。後者は身柄引き渡しのために丸腰でカプセルに乗っていたとの報告があります」
「身柄引き渡し?」
「時縞ハルトを差し出せば他の学生には手を出さないとのARUS側からの提案があったようです。恐らくはARUSの虚言かと」
「嘘よ!あの人が、指南さんがハルトを売るはずない!」

割って入る痛々しい叫びに、兵士はちらりと彼女を一瞥する。

「残念ながら、確定情報です」

無情にも言い放たれた一言に、彼女は目を剥いて凍りついた。
自分達の国が壊れ行く様を思い知らされる彼女の顔は、かつて革命の日にアードライが浮かべたそれとよく似ていた。

「流木野サキ」

アードライは彼女を振り返り、透き通るような声でその名を呼んだ。
そうして片膝を曲げて床に着き、徐(おもむろ)に口を開いた。

「取り引きをしよう」

彼女ははっと顔を上げ、揺れる瞳で彼を見上げた。
その目を見据え、彼は言った。

「我々はこれよりお前を解放する。お前はヴァルヴレイヴを奪取し、直ちにエルエルフ達の救出に向かえ」
「何、言ってるの……」
「逃げた二機のヴァルヴレイヴは、現状では下手に動けない。もし我々に見付かれば、今度こそ奴等は全滅だ。エルエルフ達を救うために、動ける者はもはやお前しかいない」
「で、でも!」
「それともお前は指を銜えて見ているのか。仲間が世界に殺されていくのを」

静かな、けれども鋭く厳しい彼の声に、サキは言葉もなく唇を戦慄(わなな)かせた。

「言ったはずだ。嘆いているだけでは何も変わらないと」

再び放たれた言葉が、ずしりと重く彼女にのし掛かる。

「でも……行くにしたって、何処にいるのかもわからないじゃない」
「それはこちらで算出する。おおよその位置がわかり次第、あの機体に座標を転送しよう。ドルシアよりもARUSよりも早く辿り着くためには、我々はあの機体に頼る他ないんだ」

こうして話している間にも、エルエルフ達の身には着実に死が迫っている。
その事実が揺るぐことはなく、彼女はようやくアードライの言葉に頷いた。

「……わかったわ。私だって、ここで後悔なんてしたくない」
「その意気だ」

彼は微笑み、彼女の頭をくしゃりと撫でた。
次いですっと立ち上がると、背後で様子を見守っていた兵士達に厳めしい声音で言い放った。

「私は上で時間を稼ぐ。一人は座標の算出を、残り二人は彼女を格納庫まで送り届け、なんとしてでも発艦させろ」
「ブリッツゥン・デーゲン!」

威勢の良い返事と共に、兵士の一人は廊下を駆け出し、残り二人はサキの拘束を解きに掛かる。
アードライはその拘束が解かれたことを確認すると、彼女の前に己の右手を差し出した。

「エルエルフを、頼む」

その手を怖ず怖ずと握り、彼女は彼に問う。

「世界は……変えられるかしら」

彼はその手を強く握り返し、柔らかく彼女に微笑んだ。

「変わらないものなど、この世界に一つとしてないさ」

そう言って、彼は彼女の手を離し、振り返ることなく去っていった。
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